小西博之の再婚した嫁や元嫁との離婚理由は?末期がんはうそだったの?

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欽ちゃんファミリーとして、コニタンの愛称で楽しませてくれた小西博之さん
突然の末期がん宣告を受け、現在はあまりテレビでは見かけなくなりましたが、小西博之さんの闘病生活と離婚、再婚にまつわる話、回復された現在について紹介していきます。

 

プロフィール

1959年、和歌山県生まれ。
大学卒業後、NHK『中学生日記』のオーディションに合格し、体育の先生役でデビュー。
その後、『欽ちゃんの週刊欽曜日』のレギュラーに抜擢(ばってき)され、欽ちゃんファミリーの一員として人気を得る。
『ザ・ベストテン』の2代目司会者を務め、俳優としても、多数のドラマ、映画に出演する。
2005年、腎臓がんの大手術を受けたが無事回復。
回復までの日々を支えてくれた人々に感謝し、がんに悩む人を勇気づけようと講演活動を続けている。
 自身の経験をうまく使っていますね!

小西博之の末期がんとの闘病

2004年の夏ごろから血尿が出るようになり、年末に精密検査したところ、全身に転移する恐れのある腎臓がんが発見されました。
翌年の2005年2月、 リンパを切除するなどの大手術を行い、 現在は仕事を行えるまで回復!その闘病経験を語る講演活動を行っているそうです。
 身体も大きく、’刑事ドラマなどでも活躍し、とても健康そうな小西博之さんでしたけど、突然のがん発病にはびっくりしました。誤診ではないかと目を疑いましたが、見事に手術も成功されました。

がん闘病当時の心境を語る。

 

身長180センチのがっしりとした体格と力強いまなざしで、存在感のある役をこなす小西博之さんが、がんと診断されたのは2004年、45歳のときだった。
末期の腎臓がんは20センチという大きさで、医師の説明によれば、「今、ここで死んでもおかしくない」ほどにがんが進行していた。
予想もしなかった死の宣告
「これまで風邪一つひいたことのなかった自分が、なぜ……」
悔しく、悲しくて、毎晩、風呂場で声が枯れるまで泣いた。
「感情を押し殺すことなく、ストレートに表現して良かったと思っています」と当時を振り返る。
不眠に悩むがん患者さんは多いが、小西さんは泣き疲れるとビールを飲んで、ぐっすりと眠った。
そして診断から2カ月半後の手術当日、麻酔で意識が遠のく中、小西さんは医療チームの全員に懇願する。
「今日ここでお会いしたのは何かの縁でしょう。僕はこれから意識がなくなりますが、でも、一生懸命がんばります。ですから、どうか僕の命を全力で救ってください。お願いします」。
するとスタッフの一人が、「コニタン、ガンバレ」と泣きながら小西さんの足をさすった。
伝播(でんぱ)する涙……。全員、涙が止まらなくなった。前代未聞ともいえる手術の仕切り直し。
それから1時間後、「絶対に助けるぞ!」と言う執刀医の掛け声で9時間に及ぶ腎臓がんの摘出手術は始まった。

「彼の体に勝利のVサインを刻んだ」と言う執刀医の言葉が、手術の成功を告げていた。

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勝利のVサイン――腫瘍が大きかったため、肋骨(ろっこつ)の一部を切りはずしての手術は、体にその証しを刻んだ。
小西博之さんと病院の医師との信頼関係、そして手術の大成功、回復。
壮絶な闘いからの「勝利のVサイン」
この病院は慈恵医大病院ではないかという情報もありますが、本当に回復してよかったですね。

闘病中の小西博之さんへかけた欽ちゃんからのことば

欽ちゃんファミリーとして、『欽ちゃんの週刊欽曜日』で共演していた師匠の欽ちゃんが弟子の小西さんを思う気持ち、ことばには感動します。
 
僕の芸能界の恩師で師匠でもある萩本欽一さんからの学びも大きかったですね。
欽ちゃんはいつも、
「人生は50対50。幸せも不幸せも同じようにくるんだよ。でも悪いことも受け入れるんだよ。そうすればいつか必ず良いほうに転じるからね」

と言っていました。
人は悪いことが起きることを「避けたい」「受け入れたくない」と思うものです。
でも、欽ちゃんは「悪いことにあったり、失敗したら、落ち込め、泣け、受け入れろ」と言っていた。
そうしないとその体験から学べませんから。
20代の僕はその意味を十分理解できていなかったのですが、40代で病気になって、ようやくその意味が分かったんです。
がんとの闘病生活に入るずっと前からの欽ちゃんからのことばが大病を患って、実際にその意味がわかったと言えるほど、欽ちゃんとの師弟関係は素晴らしい関係ですね。
しかも、闘病後の小西博之さんとの対談での欽ちゃんからのコメントがまたすごいです。
9時間半に及ぶ手術で、みぞおちの下から脇腹、胸腔まで大きなV字を描くように50センチにわたり切開。
無事に手術を終えた執刀医は「勝利のVサインをつけた」

と欽ちゃんに話したところ。

萩本「(その傷に触れて)いやぁ、先生にそのせりふを言わせるって。

小西は、がんという病を受け入れて、“がんちゃん”と友達になり、“コンビ”を組んで。
そして主治医と信頼関係を築いて、それが“トリオ”になった!
 素晴らしい“コント”をつくってくれたね」
欽ちゃんならではの弟子思いのコメント。
欽ちゃんが師弟関係に限らず、みんなから愛されるのはこういうところなんでしょうね。

元嫁との離婚の原因は?

 
小西さんは1988年に結婚し、2人の男の子をもうけましたが、1998年に別居。
2006年に離婚となりました2002年ごろから養育費及び慰謝料の支払いを条件として奥さん側が
離婚調停を申し立てました。
また、このころ、がんの手術などの関係もあり、手続きが滞ったそうですが、結果離婚。慰謝料の支払いはなく、代わりに養育費として支払われているそうです。
離婚の理由は小西さんに新しい女性ができたことと妻、香さんがかつて話していました。ただ、この一連の出来事を小西さん側は否定されています。
離婚の際、香さんの要求を全て受け入れたのに何故、突然こんなことを言いだすのかと小西さん側は困惑していたそうな。本当は否定したかったそうですが、子供のことを考え、小西さんは沈黙を守ったんだとか。ネットではこの離婚はDVによるもの?だったという噂もあるようですが、後のインタビューで香さんは暴力を振るわれたことについては言及していなかったため特にDVがあったとは思えません。
新しい女性を小西さんが好きになってしまったのは、そのようなので、それが離婚の原因なんでしょうね。
子どもと離婚してから会うことはできないようですから、子どもに会えないのは寂しいのではないでしょうか。

小西博之の再婚相手は?

元嫁との離婚の理由に小西さんに新しい女性ができたこと、また闘病生活中にその女性がお見舞いに来ていて、その方と再婚したという噂はありますが、実際に再婚した方がどんな方なのかはよくわかりません。

小西博之の現在

体調が回復したこともあり、芸能活動に復帰していたようです。目立った活躍はないものの、ドラマや特撮に出演しているようでした。

そして自身が経験したがんの闘病生活を語る講演活動も行っているようで、全国各地で講演活動を行っているようでした。
なにせ小西博之が患ったがんは日本では5本の指に入る大きさだったこともあり、いかに辛い闘病生活を送っていたのかがわかります。
そんな自身の体験談を話すことで、同じがんと戦う患者さんに希望を与えられると思ったのでしょう。

 
突然の末期がんとの闘病を乗り越えた小西博之さん。
すでに講演活動など精力的にお仕事をされているそうですし、ご家族のことはよくわかりませんでしたが、いつまでもお元気に幸せに人生を過ごしてほしいと思います。
またテレビで元気な姿が見られる日を楽しみにしたいですね。
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