赤木圭一郎の嫁はどんな人?現在や子供について

皆さんは、俳優の赤木圭一郎さんという方をご存知でしょうか。

❝トニー❞という愛称で知られ、かつては俳優や歌手として活躍されていた方でしたが、1961年2月21日にお亡くなりになりました。

イケメンな顔立ちと個性的な人柄で人気を集めていた赤木圭一郎さんは生前、結婚をしていたのか、子供は誕生しているのか。

今回は謎に包まれている赤木圭一郎さんの私生活についてまとめていきたいと思います。

 

赤木圭一郎の嫁はどんな人?

まず、嫁について見ていく前に赤木圭一郎さんがどんな人なのか詳しく見ていきましょう。

1939年5月8日、歯科医をする家庭のもとに産まれた赤木圭一郎さん。

東京都で生まれますが、神奈川県鎌倉市に疎開し1948年4月に藤沢市に移り住みました。

そのため中学校は初めに通っていた栄光学園中学校から藤沢市立鵠沼中学校に転校しているようです。

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中学校卒業後は神奈川県立鎌倉高等学校に進学し、当時は創立されて間もなかった東京都世田谷区にある私立大学の成城大学に入学しています。

芸能界に入ることになったのは1958年、赤木圭一郎さんが19歳のときでした。

日活株式会社という映画制作会社に入社し、あの名俳優の石原裕次郎さんが主演を務めた『紅の翼』にエキストラとして出演したことがきっかけだったようです。

この時は、本名である「赤塚親弘」という名義で出演していました。

赤木圭一郎さんの画像を見てわかるように、当時は珍しかったくっきりとした目鼻立ちの西洋的な顔から人気を得てエキストラとして出演したのちにどんどん作品に出演するようになりました。

その翌年の1959年に『素っ裸の年令』で初主演を果たします。

デビューからわずか1年で主役レベルの俳優まで上り詰めたのです。

その人気は凄く、冒頭でもお伝えしたように赤木圭一郎さんは❝トニー❞という愛称で、どんどん名を広めていきました。

ちなみに❝トニー❞という愛称は当時、人気のあったハリウッドスターのトニー・カーティスに似ていると言われていたことから名付けられたということです。

 

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俳優として活躍する一方で、生前は歌手としても活動していました。

『霧笛が俺を呼んでいる』など全25曲をリリースし、どれもヒットしていたようです。

見た目も良し、演技力も良し、歌唱力も良しで言うことないですよね!

デビューから一気に人気を集め、アクション映画にも出演しアクション俳優として「第三の男」ともいわれ一躍スターとなった赤木圭一郎さん。

1961年2月21日に突然の別れが来ます。

事の発端は1961年2月14日のバレンタインデーの日でした。

当初、石原裕次郎さんが怪我をしたことによって出演するはずだった映画『激流に生きる男』に出演できなくなり、代役として赤木圭一郎さんが抜擢されました。

その映画の撮影中の休憩時(12時20分ごろ)、セールスの方がが持ってきたゴーカートを日活撮影所内で運転していた赤木圭一郎さん。

なんとブレーキとアクセルを踏み違えて時速60キロ以上というかなり速いスピードで大道具倉庫の鉄扉に激突してしまったのです。

その後、東京都の北多摩郡狛江町(現在は狛江市)にある慈恵医大病院というところに緊急搬送されました。

緊急搬送されたのち、一度は意識が戻ったものの2月20日に再び昏睡状態に陥ります。

それから回復することはなく2月21日の午前7時50分に前頭骨亀裂骨折に伴う硬膜下出血のために急死しました。

俳優歴3年ほどでしたが、人気は凄いものだったので多くのファンや芸能関係者などが驚きと悲しみで包まれていたようです。

当時赤木圭一郎さんは21歳。

俳優をしながら成城大学に通っている大学生でした。

かなりのイケメンですから、かなりモテていたことでしょう。

結婚していたのか調べてみましたが、もちろんそのような情報はありませんでした。

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俳優として活躍していると言っても学生ですし、結婚をすることなく生涯を終えることになったと思われます。

ただ、愛し合っていた方はいたようでした。

その相手というのが女性ではなく、あの美輪明宏さんだったのです。

驚きですよね。

これは赤木圭一郎さんがお亡くなりになってから約7年後に美輪明宏さん本人が雑誌で告白していたようです。

当時は、関係を隠しており公になる事を恐れて、本当は参列したかったであろう赤木圭一郎さんの葬式には顔を出すことはなかったと言います。

突然すぎる死に、美輪明宏さんは代表曲である『愛の讃歌』を歌えなくなるほどの心の痛みだったと語っていました。

亡くなった後の告白だったので赤木圭一郎さんから語られることはありませんでしたが、美輪明宏さん曰く、お二人は心から愛し愛されていた関係性だったとのことです。

ギャップがありすぎますよね~。

美輪明宏さんは男性でありながらも、女性のように色気がある方なので惚れてしまうのも分からなくはないですね^^

実際に恋多き男と言われており、赤木圭一郎さんだけではなく様々な俳優たちと恋愛関係にあったと言われているようでした。

 

赤木圭一郎と嫁の馴れ初め

赤木圭一郎さんは先ほども述べたように恐らく結婚はしていません。

なので恋人関係であった美輪明宏さんとの馴れ初めについて調べてみましたが、明確な情報はありませんでした。

しかし、噂によるとわずか1年ほどでお別れすることになったと言われていますので出会った時期は1960年前後だったと思われます。

お二人とも芸能界の方ですので、作品での共演か芸能関係者の紹介というところでしょう。

ちなみに美輪明宏さんは1935年5月15日生まれなので、赤木圭一郎さんよりも4歳年上になるようです。

 

赤木圭一郎と嫁に子供は?

結婚していないため、赤木圭一郎さんには子供はいません。

子供が誕生していて赤木圭一郎さんに似ていたならば、かなりの美男美女だったでしょうね!

残念ながら子供はいませんが、妹はいるようでした。

名前は赤塚百合さんといい、赤木圭一郎さんが亡くなった後に歌手としてデビューしています。

赤木圭一郎さんの一周忌をきっかけに歌手デビューしますが、兄のように人気になる事はなく芸能界から姿を消します。

その後は、赤木圭一郎さんと恋人関係だった美輪明宏さんの付き人になったと言われています。

美輪明宏さんにとっては赤塚百合さんは家族のような存在だったのかもしれませんね。

 

赤木圭一郎の現在

赤木圭一郎さんは今(2019年)から58年前、1961年に21歳という若さで急逝しました。

58年経った今でも赤木圭一郎さんはファンの心の中で生き続けているようで、そのファンの想いが形となりました。

生きていれば80歳となる赤木圭一郎さん。

2019年7月に生誕80周年を記念して『ポスター集 赤木圭一郎は生きている』が刊行されたのです。

凄いですよね。

亡くなってからかなりの年月が経っているのにもかかわらずポスター集が刊行されるだけでも凄いことなのですが、これだけでは終わりませんでした。

ポスター集刊行を記念して7月12日から16日の5日間、横浜市にある港南区民文化センターのひまわりの郷ギャラリーで大ポスター展も開催されたのです。

実際に訪れているファンは多く、SNSで感想を投稿している方もいました。

これらすべてを手掛けたのは諸星日出夫さんという方です。

諸星日出夫さんは元々は、石原裕次郎さんの大ファンでした。

好きすぎるあまりに高校時代には石原裕次郎さんの自宅を訪問し、母親である光子さんからサイン入りのブロマイドを貰ったこともあるのだそうです。

これがきっかけで、日活株式会社の映画アイテムを収集するようになりました。

そのため、日活株式会社に所属していた赤木圭一郎さんのポスターなどもあったというわけです。

出典:シネマトゥデイ

俳優として活動した期間は少なかった赤木圭一郎さんですが、エキストラ出演した作品も含めるとなんと44本も出演しており、収集したアイテムはポスターだけでも約120点にまで及ぶそうなんです。

ポスターだけでこの数ですから、活躍がどれほど著しかったのかが分かりますよね。

ただ、このポスター展に展示してあるポスターはすべて赤木圭一郎さんが写っているというわけではないようです。

どうやら、主演の俳優がメインで写っていて赤木圭一郎さんは名前だけということもあるとのことでした。

それでもファンにとってはとても貴重なアイテムになるのでしょう。

赤木圭一郎さんが事故を起こした撮影所の大道具倉庫も売却されており、年月を重ねるたびに関連性の深いものや場所がなくなっていき、ファンも同じように年齢を重ねています。

それでもファンの想いは強く『赤木圭一郎を偲ぶ会』という交流会が開かれているようでした。

ここでは定期的にファンが集まり交流を重ねています。

年月が経ってもなお、ファンの心の中から赤木圭一郎さんがいなくなることはないようです。

赤木圭一郎さんの偉大さを感じさせられますね。

いかがでしたでしょうか。

もっと生きることができたであろう命。

家族はもちろん、芸能関係者やファン、恋人で会った美輪明宏さんなど多くの方が受け入れるまでに時間がかかったことでしょう。

ただ、赤木圭一郎さんは58年経った今でもこんなに多くの方から愛され続けていることを誇りに想い心から喜んでいるのではないでしょうか。

赤木圭一郎さんのご冥福をお祈りするとともに、これからも『赤木圭一郎を偲ぶ会』が続いていくことを願っております。

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