館山昌平の嫁は陽子で子供はいる?怪我で手術を受けたの?借金王って?

松坂世代として甲子園で投げ合い、日大を介してヤクルトスワローズにドラフト3巡目でプロ入りした館山昌平選手。
今年で既に9度の手術を乗り越えた男が選んだ奥様はどんな方なのか?
怪我や借金王の噂についてご紹介します。

 

館山昌平の嫁は陽子で子供はいる?

いつ見てもすっきりした精悍な顔立ちの館山昌平選手。
清潔感のある男前に似合うヘアスタイルはこれでもかと短くしたボーズスタイルなのです。

 

美人過ぎる嫁

館山昌平投手は2005年10月に結婚していました。

お嫁さんは陽子さんという名前で、爪の手入れをしに来ていたネイリストだったそうです。

ピッチャーにとって爪の手入れって必要不可欠だけど、ヤスリなどをつかってシャカシャカと選手自身でやっていると思っていましたw

ネイリストって指や爪のおしゃれのためにいると思うんですが、野球選手の手入れをするということは、館山昌平投手との関わっていく中で、野球の知識も学んでいったということでしょうね。

お嫁さんは館山昌平投手のためにすごく尽くすような女性じゃないでしょうか?

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ケガをするたびに復活しているのもお嫁さんの支えがあったからだと思いました。

数いるスポーツ選手の奥様の中でも、もしかしたら、この方が一番なんじゃないか!?と思ってしまう程、本当に本当に美しい館山昌平選手の奥様。

失礼ながら、なぜ館山昌平選手をお選びになったのか、一度質問してみたくなる程綺麗なのです。

 

娘が一人

またお子さんも1人いました!

昨年4月。手術を目前にした夫が「逃げ出したい。辞められるなら辞めたい」と弱音を吐くと、陽子さんは「もう一度ヒーローインタビューが見たい」と励ました。
「かなうかどうか、わからなかったけど、実現できてうれしい」と、涙を拭った。

↑の画像が館山昌平選手の一人娘と奥様の写真です。

この2人から「もうちょっと頑張って!」なんてエールを送られてしまえば、百人馬力、きっと館山昌平選手は「よっし!」と気合が入ったに違いありません。

 

怪我で手術を受けたの?

お母さんのいいところとお父さんのいいところを寄せ集めてしまったような可愛い一人娘さん♡
将来はプロゴルファーにでもなりそうな、健康的な雰囲気です。

 

ケガとリハビリ

松坂大輔、村田修一の去就が、いまだに確定していない。
野球界に一大旋風を巻き起こした「松坂世代」も、すでに37歳となった。
怖いもの知らずで向かうところ敵なしの20代が過ぎ、円熟期を迎えた30代を過ごした。
そして、40代が間近に迫った今、それぞれが、それぞれの岐路に立っている。

ヤクルトの「松坂世代」――それが、1981(昭和56)年3月17日生まれの館山昌平だ。
2008(平成20)年からは5年連続で2ケタ勝利を達成し、09年には最多勝にも輝いた。
150キロを誇るストレートを軸に、シュート、スライダー、フォーク、ナックルカーブ、チェンジアップ、シンカーなど、多彩な変化球を誇るサイドスローは、間違いなくヤクルト投手陣の中心であり、大黒柱であった。
しかし、長年にわたってチームを支えるべく、常に全力で腕を振り続ける事の代償は大きかった。

「プロの選手ならば、できるだけケガをしないような練習、投球を意識することも必要なのかもしれません。でも、僕の実力ではそれでは戦えなかったんです。ケガをするリスクはあるけど、常に全力で腕を振るしかないんです。誰だってケガなどしたくない。でも、ケガを恐れていては僕の場合は先には進まない。いつ故障しても仕方がないという気持ちでマウンドに立っていました」

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怪我をしないように全力で挑んだとしても、何十年もボールを投げ続けていれば、怪我をしてしまうのはもう避けられることではありません。
37歳の館山昌平選手は今、現役を続けるかどうかの岐路に立たされているのです。

 

無数の手術痕

館山の悲壮な覚悟の証が彼の全身に刻み込まれた無数の手術痕である。
日本大学時代の02年に右肩のクリーニング手術を行い、プロ入り以降も04年に右ひじ靱帯を断裂。
さらに肩関節、股関節、血行障害など、何度も身体にメスを入れており、トミー・ジョン手術だけでも、すでに3度も行っている。
館山の下には、他球団選手からの相談が後を絶たない。

手術をする度に、見事に復活を遂げる館山昌平選手。
しかしプロ野球、特に投手が行う手術にはいつも「失敗」がつきものなのです。

一歩間違えれば引退へと追い込まれる。
何度も復活する館山昌平選手の元には多くの故障を抱えた選手たちが頼るようになって行きます。

 

9度目の手術

 何度手術を経験しても、館山はマウンドに舞い戻ってくる。
ケガとリハビリを何度も繰り返し、館山は不死鳥のごとく復活する。
痛みと苦しみを、強さと知識に変えて館山は立ち上がる。
9度目の手術を終えた今、まだ胸の内の闘志は燃え盛っている。
彼の目はすでに来るべきシーズンに向かっている。

「自分の身体の中で起きている問題、復元できるものはすべてクリアにしたと思っています。これまでは、“悪いなりの状態で、何とか戦おう”と考えていました。でも、それは自分の甘えで、この状態では戦えませんでした。だから、今回は身体の中に起きている問題をすべてクリアにしました。その上で、もう一度試合を支配できるようなイメージが湧くように、ドクターやトレーナーにはいろいろなことをやってもらいました」

その表情は明るい。
そして、館山は力強く言う。

「あとは自分で積み上げてやるだけ。時間と回数と勝負して、やっていくだけです」

一見明るく振舞っている館山昌平選手ですが、9度の手術を乗り越える、さらに37歳という年齢のことも考えると、「あとどれくらいできるのか?」という気持ちも大きいはずです。

それでも前を向く男…だからこんなに綺麗な奥様に見初められたのかもしれませんね。

 

借金王って?

ピュアでクリーンなイメージの強い館山昌平選手ですが、借金王という噂は一体どういう意味なのでしょうか?

 

借金しまくり人生

館山昌平が借金王だと聞いてびっくりいた方が想像したのは、こちらでは?
実は、館山昌平はお金に関しての借金王という意味ではないのでご安心を!
プロ野球や、野球の世界ではピッチャーが負け越したときに借金王と言われることがある!
館山昌平もそうだったことがあったからそういわれている!

館山昌平選手に限ってお金の問題はないと思いたい…そう願った気持ちが通じたのか、やはり借金王という噂は金銭問題なのではなく、試合に勝てない勝率のことを指していたのです。
こういわれてしまうのもプロの厳しさかもしれませんが、10度の手術とならないよう、是非これからも応援していきたい選手なのです!!

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