桧山進次郎の嫁の画像は?子供は息子でサッカー好き?名前や年齢は?

今回は元プロ野球選手・桧山進次郎(ひやま しんじろう)さんについてみていきましょう。

 

桧山進次郎について

1995年から2005年頃までレギュラー、2006年からは主に代打で活躍した桧山進次郎さん。

代打に定着してからは、メディアやファンから「代打の神様」と呼ばれることが多くなり、打席に立つたびにスタンドから大きな声援を受ける人気を誇りました。

「ひーやん」「ひー」「悠久の若虎」などの愛称で親しまれ、2013年の現役引退を機に「ベースボール&スポーツコメンテーター」という肩書で、野球解説者・日刊スポーツの野球評論家も務めています。

そんな桧山進次郎さんの結婚した嫁は誰なのでしょか?

 

桧山進次郎の嫁は?

桧山進次郎さんの奥さんはパチンコ屋社長の娘さんだそうです。

残念ながら画像や年齢は公開されていませんが、名前は「サリ」さんというようです。

スポンサーリンク

奥さんは名古屋でパチンコチェーンを営む、琥珀グループ社長の娘だそうです。

夜のお仕事で知り合ったのかと思いきや、お見合いだと言われていました。

野球選手と社長令嬢の組み合わせは、珍しいですね。

イケメンで有名な桧山進次郎さんですから、奥さんもきっと綺麗なのでしょうね!

 

息子はサッカー好き?

桧山進次郎さんには2人の息子がおり、名前は「周成(しゅうせい)くん」と「宗秀(そうしゅう)くん」といいます。

今日、西宮の友達の家に行ったら、鳥谷の話題に…。

子供が鳥谷の息子と同じサッカーチームにいると。

今日も応援に来てたと…えっ?サッカー???

ついでに、ひーやんの息子もサッカーやってるらしい(^^;;

やはり桧山進次郎さんの息子さんですから、かなりスポーツが好きなようですね!

年齢は明かされていませんが、だいたい小学生くらいのようです。

 

韓国人なの?

桧山進次郎さんは元在日韓国人3世で、韓国名は黄 進煥(ファン・シンファン、朝鮮語: 황진환)といいます。

日本プロ野球の名門球団、阪神タイガースの4番打者・檜山進次郎選手(34)が、自分が韓国国籍で「黄進煥(ファン・シンファン)」という韓国名を持つことを明らかにし、話題となっている。

在日韓国人2世の檜山選手は最近、日本で発行されている在日系新聞「統一日報」とのインタビューで、自らの野球人生を振り返りながらこうした事実を明らかにした。

檜山選手はインタビューで「長く現役でいるためにも一日一日精一杯がんばりたい」とし、「韓国人魂みたいなものをみせたい」と話した。

スポンサーリンク

2016年3月4日に韓国国籍から日本国籍に、妻子共々帰化したことがわかっています。

当時は自ら在日韓国人であることを公表する人はなかなかいないので、かなり話題になりました。

また、「日本の野球界は帰化している選手も含め韓国人が多い。

一線で活躍している人のほとんどが韓国人という話もある」とし、日本野球界での韓国系選手の活躍を紹介した。

その理由については「(韓国人選手は)食生活の違いもあって、体がもともと強く、負けん気も強い」と説明した。

阪神の生え抜きで13年間プロ生活を続けている檜山選手は入団当時、書類の国籍欄に「韓国」と記入し、普段から自分が韓国人であることを隠そうとせず、日本の野球界や在日同胞社会ではよく知られる話だった。

そんな中でも、わざわざマスコミを通じて本人自らが韓国人であることを公表したのは、異例のこととして受け止められていました。

 

プロ野球界は在日が多い

たしかにプロ野球界にフォーカスすると、多くの在日スターがいることが分かりますね。

19日付け「週刊現代」は檜山選手のインタビュー内容について「カミングアウト」と表現し、「在日魂で阪神の連覇に貢献してほしい」と注文した。

「日本のプロ野球の一線で活躍するほとんどが韓国人って話もある」―元阪神の桧山選手はさらりと言う。

在日3世の識者が、戦後日本を熱くしたコリアンスターたちの知られざる実像を語り尽くす。

有名なところでいうと張本勲氏、400勝の金田正一投手、ミスターロッテの有藤道世氏、広島の名捕手・達川光男氏などが挙げられます。

いまの球界でも在日スターは多く活躍しています。

今季、広島の4番に返り咲いた新井貴浩選手は、高校生のとき、韓国の全国大会で活躍しました。

長らく阪神で代打の神様と崇められた桧山進次郎選手は、2004年、韓国系の『統一日報』のインタビューに、こう答えています。

日本のプロ野球には帰化している選手も含め韓国人は多い。

一線で活躍している人のほとんどが韓国人って話もある。

食生活の違いもあって、体がもともと強いって事情もあるんですかね。

そのうえ負けん気も強い」

しかし、在日選手がオリンピックや日本代表となったとき、その壁にぶち当たるといいます。

金城龍彦選手(昨年、巨人で引退)は2000年に帰化していましたが、第1ラウンド、第2ラウンド、準決勝と、都合3回も、もう一つの祖国、韓国と対戦することになり、しかも第1、第2ラウンドでは連敗。

準決勝の前には、「韓国のスパイ」「わざと打たなかった」など、心無い誹謗中傷がファンサイトに書き込まれてしまいました。

かなり複雑な心境だったのですね。

スポンサーリンク

スポンサーリンク



Be the first to comment

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)