小林旭の元嫁の美空ひばりと青山京子との馴れ初めや離婚理由は?

「熱き心に」「自動車ショー歌」「 北へ」など数多くのヒット曲があり、
昭和を代表する歌手、俳優の小林旭さん。
小林旭の歌メドレーなどをカラオケで歌われた方も多いのではないでしょうか。
やネットでは歌一覧や、Youtubeでも多くの動画が上がっています。
小林旭さんの若い頃、元嫁の美空ひばりさん、青山京子さんについて
画像を交えて紹介していきます。

小林旭さんは美空ひばりさんと結婚

 
浅岡ルリ子が20歳ぐらいの時に、小林旭とお付き合いをしていたようで、
一度浅岡ルリ子の父親の元へ小林旭が結婚の申込みを氏に来たそうですが、
浅岡ルリ子の父親はまだ女優をしなくてはいけないため、
結婚はまだできないと断わったことから次第に浅岡ルリ子と小林旭は疎遠になりました。
 
するといつの日にか、小林旭の撮影場所に大スターの美空ひばりが車で撮影現場に来るようになります。
車の中から小林旭の撮影の状態を見ていたのでしょう。
小林旭との結婚は、美空ひばりからぐいぐいと今でいうところの、肉食系女子の美空ひばりだったようです。
美空ひばりさんの「みだれ髪」「愛燦燦」「川の流れのように」などの歌はyoutubeでもモノマネでもよく見ますが、現在でいう肉食系女子だったとは知りませんでした。

 小林旭さん、美空ひばりさんの離婚理由

雑誌の対談で意気投合した小林旭と美空ひばりは、ろくに交際もしないまま結婚します。
小林旭24歳、美空ひばりは25歳の若さでした。
一説には、結婚に煮え切らない小林旭に対して、
焦った美空ひばりは、彼女の後見人ともいうべき、
三代目山口組組長田岡一雄を通して、結婚をせまったともいわれています。
しかし、やはり大スター同士の結婚。
お互いにスターとしての面子を崩すことができず、ものの1年半あまりで、小林旭と美空ひばりは離婚してしまいました。
今では考えられませんが、その離婚会見の席にも、田岡一雄組長が後見人として立ち合い、「2人は、理解離婚である」と口を添えています。
お互いに年齢的にも若く、交際期間もなく、電撃的な結婚のようなのですし、
何か政略的な結婚にも近かったのでしょうか。

美空ひばりさんの死因は?

1987年、長年の心労や肉体的無理が祟り、慢性肝炎および両側特発性大腿骨頭壊死症で緊急入院した美空ひばり。
なんとか一命を取りとめた美空ひばりは、1988年、東京ドームのこけら落しとなる「不死鳥コンサート」を実施。
1989年3月23日、ついに、特発性間質性肺炎で逝去されます。
 惜しい人を失いました。

美空ひばりさんの息子「加藤和也」は小林旭との間の子ども?

実業家の加藤和也が、今は亡き大スター美空ひばりの息子であることは周知されていますが、
実の息子ではありません。美空ひばりには子供がいなかったため、

加藤和也は、1977年に養子として引き取られました。

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加藤和也の実の父親は、歌手のかとう哲也。美空ひばりの実の弟です。

そのため、血縁上は、加藤和也は「美空ひばりの甥」ということになります。
そんな加藤和也の実母は、かとう哲也の2番目の妻・阿部静子です。
美空ひばりが亡くなった後、加藤和也は実母と数回会っていますが、
その後、阿部静子は病気で亡くなりました。実父のかとう哲也もすでに他界しています。
加藤和也さんは母「美空ひばり」と暮らしていた東京都目黒区の自宅を「美空ひばり記念館」として2014年から公開しています。

小林旭さん、青山京子さんと結婚

小林旭より3つ年上の姉さん女房の青山京子、なかなかしっかりものらしく・・お調子者で無鉄砲さのあるアキラがここまで来れたのは、かなり内助の功ありと見れます。
馴れ初めは芸能人ボーリング大会だったそうですが、いい奥さんを貰ったと思います。
東宝での「潮騒」が主演作品として有名ですが、東映に移り時代劇専門に粋な芸者や気風のいい姉さん役などでいろいろと活躍しました。
アキラは初回の結婚が美空ひばりで、当時芸能史始まって以来の「世紀の挙式」と話題になりましたが入籍はしてなかったのでこれが初婚ということです。
二人の共通点は生年月日が共に同月の祝日(旭:11月3日、夫人:11月23日)ということで大変珍しいことだと思います。

この当時小林旭は主演作品100本記念として自主制作の「赤道を駈ける男」を撮ってる頃で、挙式後の夫人を伴ってのブラジルロケが新婚旅行となりました。

 やはり、スケールが違いますね。

青山京子さんは

香蘭女学校中等科卒業後、玉川聖学院高等部在学中の1952年に、東宝の丸山誠治監督作品『思春期』に登場する女子高校生役のオーディションを受け、
2000人の中から合格し、本名の中西みどり名義でデビューした。
映画公開後に青山京子と改名。
同年に退学処分となったために、文化学院へ転校して卒業。
東宝の5期ニューフェイスとして演技の勉強を続け、1953年以降50本余の東宝作品に出演した。
中でも1954年の『潮騒』は相手役の久保明とのコンビで、女優として大きく躍進する作品となった。
1958年にフリーとなり、松竹の『江戸遊民伝』など時代劇女優で脚光を浴び、1960年だけで18本の映画に出演する。1967年、小林旭と結婚して、引退した。
小林旭さんと青山京子さんとは現在も夫婦で、お子さんもいらっしゃるようです。
青山京子さんはインターネットもない昭和の話にすでに引退されているので、現在の写真はあまり見当たりませんでした。

子供は何人?名前は?

小林旭さんと青山京子さんは
子供にも恵まれて、長女の小林真実(まさみ)さん
長男の一路(かずみち)さんの二人に恵まれました。
長女の真実さんが小林さんの個人事務所の社長を務めて
いるようです。
長男さんは何をしてみえるのかは情報がありませんでした。
俳優ではないようです。
昭和の大物歌手小林旭さん、昭和の国民的歌姫・美空ひばりさんとの結婚、
青山京子さんとの再婚について紹介しました。
昭和という激動の時代の芸能界の大スターの結婚となると
今では考えられないような事情もあったようです。
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