聖悠紀の嫁は誰?交通事故に遭った?病気で入院してたの?

1960年代からひとりのキャラクターを50年以上にわたって描き続けている漫画家の聖悠紀さん。

聖悠紀さんの結婚したお嫁さんはどのような方なのか?足跡を追いながら調べていこうと思います。

年齢のせいか、大病を患ってしまったそうですよ。

 

聖悠紀について

聖悠紀さんは1949年、新潟県生まれ。

「聖悠紀」はペンネームで、本名は長谷川清俊さんといいます。

小学生の頃は新潟県内を転々としていたそうです。

中学3年生の時に愛知県名古屋市に引っ越してきました。

漫画を描くきっかけは、高校進学後に石ノ森章太郎さんの描いた漫画家になるための入門本を読んだことなのだそうです。

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高校2年生になると、貸本屋に載っていた漫画作画グループの会員募集に応募して会員になり漫画を投稿し始めます。

1967年にグループの回覧用に描いた作品が、聖悠紀さんのライフワークともいえる「超人ロック」の第1作だったそうです。

愛知県にある工業系の大学に進学すると、聖悠紀さんの漫画熱はさらに高まり、夏、冬、春の長期の休みには作画グループの本部に泊まり込んで漫画を描くことに没頭していたといわれています。

 

デビュー

作画グループでの同人活動に精を出していた聖悠紀さんが商業誌にデビューしたのが1971年、少女漫画雑誌でした。

同じ時期にデビューした漫画家に、いまや少女漫画界の重鎮となった一条ゆかりさんがいるそうです。

さらに、一説によると一条ゆかりさんには「メカ班」という作画部隊がいた時期があって、「甘い生活」などで知られる弓月光さんや「エリア88」などで知られる新谷薫さんと共に、聖悠紀さんも一条ゆかりさんの漫画で自動車やオートバイ、飛行機などのメカ類を描いていたといわれています。

今だと専門のアシスタントが自動車や飛行機などを描くのでしょうが、漫画の描ける作家がそれ程多くなかった時代でしょうから、作家同士で協力して作品を作り上げていったのでしょうね。

「ごめん、メカ描きに来て。」

「こっちも忙しいんだよ~」

「つべこべ言わずに早く来なさい!」

などというやり取りがあったかどうかはわかりませんが、現在大家となった漫画家たちが、ひざを突き合わせて漫画を描いていた時代があるというのは、何とも興味をそそられるものです。

 

「超人ロック」

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1970年代くらいにはロボットアニメや特撮ドラマのキャラクターデザインをしたり、子供向けのテレビ番組雑誌に掲載される作品のコミカライズを手がけていた聖悠紀ですが、やはり代表作というなら「超人ロック」です。

同人誌時代から描き続けられてきたキャラクターで、1977年にアニメ雑誌で特集が組まれた時に掲載された作品が「超人ロック」が初めて商業誌に載ったものだそうです。

1967年に同人誌から生まれた「超人ロック」は数千年を生きる超能力者が主人公で、2018年現在も連載されている、超長寿漫画です。

作品で特徴的なのは、描かれている年代の順番はバラバラで、コミックス1冊ごと(長くても数冊)で一つのエピソードが完結するため、どの巻から読んでも話が分かるところです。

聖悠紀さんも「『長いのでどこから読んだらいいかわからない』という人もいるが、気にせず好きなところから読んでほしい」と話しているそうです。

扱うテーマは、読者がいつの時代でも読めるよう配慮しているといわれています。

原子力を制御できない人類、権力におぼれる人の業(ごう)といった普遍性の高いものを扱い、時代の流行ネタを入れないのだそうです。

ただし、過去や未来へ行き交う時代の整合性を取ることや、数えきれないほど多彩なキャラクター、話がかぶらないようにするのが大変で、確認の為にあらためてマンガを読み返すこともあるのだそうです。

ライフワークともいえる長期連載ですから、それなりの悩みはあるのですね。

一方で、50年にも渡る連載を続けていく中で、数々の世代で多くのファンを獲得しています。

聖悠紀さんの狙い通り、「超人ロック」シリーズのいずれかの作品の中で魅力を感じた人たちが、様々なロックを好きになっていくようです。

数年前から毎年6月9日を「超人ロックの日」として、多くのファンがSNS上にロックのイラストやフィギュアなど、思い思いの作品を投稿してロック愛を見せています。

50年以上たっても、多くのファンに愛されている「超人ロック」ですが、2017年に終了の危機があったのです。

 

病気で入院?

2017年12月に聖悠紀さんは2カ月ほど入院します

交通事故かと思われたようですが、事態はもっと深刻でした。

2017年の11月に受けた手術の経過観察で病院に訪れていたところで、突然心停止で倒れたそうです。

幸い蘇生できたものの、昏睡状態になり、そこから心臓の手術をしたといわれています。

手術後もリハビリをしなければならず、当時ふたつの漫画雑誌で連載していた「超人ロック」も5か月休載になってしまいました。

でも、無事に連載も再開され、多くの「超人ロック」ファンがSNSなどで復帰を喜んだそうです。

 

聖悠紀の嫁

漫画を描くことに集中できるようにサポートしてきた聖悠紀さんのお嫁さんは、ご自身もSNSで近況を発信している長谷川ミアさんです。

漫画家さんのお嫁さんは奥ゆかしい人が多いようで、10月19日が結婚記念日ということが分かっている他は、長谷川ミアさんがどのような方なのかは詳しく調べきることができませんでした。

ですが、2017年末から聖悠紀さんが倒れて入院している時も、早く漫画が描けるようにと願い、献身的に看病してきたそうです。

看病の甲斐あって、無事に漫画が描けるようになった聖悠紀さんを見て、目に光るものがあったといわれています。

50年続いている漫画にピリオドを打てるよう、聖悠紀さんと長谷川ミアさんとの二人三脚で頑張っていってほしいですよね。

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