バロン吉元の嫁は誰?娘がいるの?

劇画作家として1960~1970年代に活躍し、その官能的な作風がアートとして評価されているバロン吉元さん。

テンガロンハットがよく似合う、ダンディーなバロン吉元さんのお嫁さんとはどのような方なのか?

バロン吉元さんの足跡を追いながら調べていこうと思います。

 

バロン吉元について

バロン吉元さんは1940年、旧満州で生まれました。

終戦後は鹿児島で育ち、地元の高校から東京の美術大学に進学し、西洋画を学んでいたそうです。

残念ながら、美術大学は中退したみたいです。

1959年に「街」(セントラル出版)に投稿した『ほしいなあ』が入選、新人特別賞受賞したからかもしれませんね。

受賞後は、「てんぐ大将」や「やる気まんまん」などの作品で知られる横山まさみちさんのアシスタントになり、漫画のストーリーについて学んでいったそうです。

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それに平行して、2017年に閉校してしまったセツ・モードセミナーにて、長沢節さんや穂積和夫さんなどのファッション・イラストレーターから絵を学んでいきます

そして、アクションやSF、青春物などの貸本漫画を本名である「吉元正」の名義で発表します

師匠である横山まさみちさんのような、ちょっとコミカルな作画ではなく、デビュー当時隆盛だった劇画を志向していたようです。

ちなみにペンネームの「バロン」はある漫画雑誌の編集者が、バロン吉元さん本人いわく勝手に名づけたそうです。

漫画を読むとよくわかるのですが、ストーリーに合わせて描かれるキャラクターの雰囲気がガラッと変わります。

師匠譲りのタッチで素朴な日本の女性を描くこともあれば、いかにも当時流行った劇画調の、切れ長の目に長いまつ毛でモデルのようなスタイルの女性を描くこともあったようです。

素朴な女性の方は、本当にあの時代どこにでもいそうな感じで、モデルのような女性の方は、男性の理想をそのまま写し出したような感じで、浮世絵を彷彿とさせます。

時代にハマったその作風が人気を呼び、バロン吉元さんは劇画作家としての地位を確立していくのです。

 

映画

小さい頃から映画が好きで「悪が描かれていない映画は面白くない」などと、映画について一家言持っているバロン吉元さん。

1976年頃から映画雑誌にもコラムの連載が始められ、1981年にはそれらをまとめた本が出版されています。

また、芸能界にもバロン吉本さんの作品のファンは多く、特に松田優作さんは貸本作家時代からのファンだったといわれています。

その縁があって、松田優作さんの代表作「探偵物語」の番組宣伝用のポスターをバロン吉本さんが描いたのです。

このポスターは松田優作さんが特集されたDVDマガジンが発行されたときに復刻されて、非常に人気になったようです。

 

アーティスト

ヒロインがお酒のCMに起用された「柔侠伝」や、高校生はもちろん、デパートの店員や風俗嬢、自衛官やバスガイドなど、同じ17歳という年齢にフォーカスしてそれぞれの生き方を切り取って描いた短編「17歳」といった作品で、1960~1970年代に活躍してきたバロン吉元さん。

しかし、1980年代になり、「柔侠伝」の連載が終わると、日本での人気劇画作家の地位を捨て、アメリカへと渡るのです。

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アメリカでは有名な漫画「マーベルコミック」にも新人のように持ち込みをして、作品を掲載してもらったといわれています。

1985年に帰国したあと、バロン吉元さんには「龍まんじ」という名のもとで、漫画と平行して絵画を描くようになります。

漫画というよりはイラスト、絵画のような印象で、この1枚で作品が完結していますよね。

作品の個展を開いたり、いくつかの賞を受賞したりと、漫画家としての活動とともに、画家としても精力的に活動しているようです。

 

バロン吉元の嫁

漫画家と画家という二面性を持って活動しているバロン吉元さんのお嫁さんは、思わず「きれい・・・」と言葉にしてしまうほど美しい刺繍を手がけるアーティスト、吉元れい花さんです。

お互いのプロフィールに結婚のことが書かれていないので、いつ結婚したのかは残念ながら調べきれませんでした。

吉元れい花さんが刺繍に興味を持ち始めたのが1985年頃、ちょうどバロン吉元さんがアメリカから帰ってきた頃だといわれています。

その後、花の刺繍を教える先生のもとで指導を受け、師範になれるほどの技術を身に着けたそうです。

その作品は二科展をはじめ数々の美術展や工業展で入賞するほどで、吉元れい花さん自身は糸によるアート「ストリングアート」といっています。

師匠譲りの花の作品が多いのですが、ご主人が描いたと思われる作品を刺繍にしたりしているようです。

刺繍といえば「スカジャン」というイメージが筆者にはあるのですが、バロン吉元さんと吉元れい花さんがコラボして作ったスカジャンがあったら結構人気が出ちゃいそうな感じがします。

 

バロン吉元の娘

バロン吉元さんと吉元れい花さんとの間には1993年に女の子が生まれました。

2018年現在25歳になるその女の子は「エ☆ミリー吉元」さんとして、お父さんであるバロン吉元さんのマネジメントや作品展のキュレーションやプロデュース、お母さんである吉元れい花さんと一緒に展覧会を開いたりと、アーティストであるご両親を売り出すことに尽力しているようです。

芸術家や職人は、ともすれば自分や作品の社会的な価値を分かっていないことが多いため、安くたたかれてしまうことが往々にしてあるようなので、娘であるエ☆ミリー吉元さんがしっかりと客観的にプロデュースしてくれれば、その価値を守ってくれそうですね。

敏腕プロデューサーのさらなる活躍に期待しましょう。

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