片山右京の嫁は片山留美子。息子がいるの?遭難事故の原因や現在について。

片山右京さんは、F1ドライバーとして活躍していて数々の伝説を残しています。

F1を引退してからは、登山をライフワークとしていました。

あまりテレビにでなくなった片山右京さんの嫁さんや息子さん、現在について調べてみます。

 

片山右京の嫁・片山留美子との馴れ初めは

片山右京さんの嫁さんは一般女性の片山留美子さんといいます。

留美子さんは、結婚する前に車雑誌の編集者として働いていました。

嫁の留美子さんは、片山右京さんにインタビューをした事があるそうです。

そのインタビューがきっかけになって交際がスタートしたようです。

片山右京さんは、リタイヤを恐れない攻撃的なドライブで注目を集めていて、恐いもの知らずの走りから「神風(神風特攻隊)右京」と呼ばれていました。

時速200キロや300キロの世界のレース中に事故が起きてしまうと重傷を負ったり、最悪死亡したりする確率が高い職業と言えます。

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他車の事故に巻き込まれて、予期せぬアクシデントに巻き込まれたり、レーサーは常に危険と隣り合わせの職業なので、付き合い始めた当初は心配で仕方なかったのではないでしょうか。

見守る奥さんは心臓がいくつあっても足りませんね。

2004年にNHK総合のトークバラエティにお嫁さんと片山右京さんは共演しています。

 

本人不在の結納

結納の時に急遽ル・マンの出場が決まった片山右京さんは、その場にいませんでした。

初対面の親同士だけで結納を交わして、最初から型破りな結婚生活の始まりでした。

本人不在でも結納は行われたと言います。

ル・マン は、フランスのル・マン近郊で行われる耐久レースで、24時間でのサーキット周回数を競います。

レーサーの憧れ的レースです。

しかし、そのレースで片山右京さんは、クラッシュしてしまいますが、大事には至りませんでした。

 

F1参戦で1人の出産

F1に参戦していた片山右京さんは一人だけモナコに住んでいたので、1993年に男の子を出産した妻の留美子さんは、日本で一人で出産したといいます。

すべてが初めての出産、子育て奥さんとしてはそばにいて欲しかったと思います。

片山右京さんは、あまりの忙しさに息子の相手をする暇はなかったといいます。

1番可愛い時期を離れて暮らしてきた事になりますね。

 

息子さんのエピソード

2013年の時に片山右京さんはfacebookに息子さんの感動なエピソードを投稿しています。

片山右京さんの息子さんが中高の時代に悩んでいた時にネットで出合った一回り年上青年との絆です。

先輩からは、悪い事も教わる仲だったといいます。

突然先輩は姿をみせなくなって、少しすると先輩の両親から、先輩が突然事故で亡くなってしまい「もし自分に何かあったら、片山右京さんの息子さんにこのフォルダを送って下さい」とメッセージを残していたとメールがきます。

そして、四年ががりでロックされていたフォルダを開ける事ができたと20歳になったばかりの息子さんが片山右京さんに目を赤くして話しかけてきたと言います。

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そのフォルダには、「これで君はもう大丈夫だよ、君はきっと立派なエンジニアになれる」と先輩からの短いメッセージがあったと言います。

息子さんは、その時、エンジニアとして就職したばかりで、1度もエンジニアの話をして事がなかったのになぜ将来がわかったのだろうと呟いたと言います。

片山右京さんは、「最後に、子供は迷った時に、心の箱を開ける鍵を持っているのは親とは限らない。

これから素晴らしい友人に何人出会えるかで、人生の捉え方が大きく変わり、物の考え方は深くなると思う」と投稿して友人に感謝していました。

 

富士山での遭難事故

F1時代から片山右京さんは登山を行っていて、キリマンジャロなどを制覇していたということです。

南極大陸の登頂予定があった為に、高地順応のトレーニングを兼ねて真冬の富士山に登山する計画を立てたといいます。

しかし、その富士山登山の時に、遭難事故に遭遇します。

片山右京さんは、自らが経営する片山プランニングの社員2名と富士登山を決行します。

片山右京さんは、12月17日に富士山の6合目と7合目の間にテントを設営して、片山右京さんは一人用のテントで、他の二人は二人用テントで就寝します。

夜中に、テントのポールが倒れた為に、片山右京さんが、テントの外に出てみると二人のテントは、突風で200m下の斜面に飛ばされたようでした。

テントのそばに倒れていた2人を発見して、毛布や寝袋をかけて温めますが、一人は急に泣きだしため息をついて亡くなってしまったと言います。

もう一人は、奇声を上げてパニックに状態になったと言います。

片山右京さんは、遭難届けを出してくれと事務所に頼み自らは自力で下山します。翌日捜索隊に救出されます。

この遭難事故で片山右京さんはテレビで謝罪会見をしています。

それぞれの遺族は「好きな山で逝くことができてよかった」「富士山で仲の良い先輩と最後をいっしょにできて幸せであったと思います」と述べています。

この事故があって、南極大陸への登頂は断念したといいますが、片山右京さんに対して、いろいろなパッシングがあったようです。

 

F1時代の年収

片山右京さんは、2013年にテレビ出演した番組で、F1時代の年収を告白しています。

ミハエル・シューマッハは、ドイツ人初のF1レースのチャンピオンの選手で、歴代優勝回数は91回に及びます。

最高年収は日本円に換算すると200億円になるそうです。

片山右京さんの最高年収は、日本円にして約7億円だったそうです。

危険を伴うF1選手の常連になるとかなりの賞金を獲得できるようです。

大体、日本人F1レーサーの年収は3000万円~9億万円で、海外F1レーサーの年収は、1000万円~60億万円のようです。

 

片山右京さんの現在は

片山右京さんは、F1を引退してからは「自分の身体だけで勝負できることにチャレンジしたい」と語っています。

それが達成できるのが山登りや自転車だと言っています。

片山右京さんは、F1を引退して、登山家として活躍して、その後、ロードバイクに参戦しています。

2012年にTeamUKYOとして国際自転車競技に登録して、チームを率いて監督と選手として活躍しています。

また、レースドライバーの実績を生かしてF1中継の解説者や2014年9月から開幕したフォーミュラE選手権の解説も務めています。

いかがでしたか。片山右京さんについて調べてきました。

F1、登山家、ロードバイクと危険の伴う職業で奥様は気が休まる時期がなかったのではないでしょうか。

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