山野一の元嫁はねこぢる。再婚相手の噂や現在について。

今回は個性派『ガロ系』の中でも特に狂気に満ちていると評判高い山野一さんについてまとめていきたいと思います。

 

山野一について

山野一さんは1983年にデビューされた漫画家さんです。

本名は橋口保夫というそうで、全然かすっていないのには訳があるんだろうかと思い調べてみましたが、特に情報はありませんでした。

主に低所得層や工場労働者など底辺に位置する人物を主人公にした作風で、人間の業や現実の不条理、社会的マイノリティに対する悪意を、製図ペンを使用した端正なタッチで滑稽かつ入念に描きカルト的な人気を得る。

ただし、単行本は絶版などで手に入りにくい。

『四丁目の夕日』以外は現在すべて絶版しているそうで、通常の書店での入手は不可能だそうです。

古本屋で見つけたらラッキーですね。

本の特徴としては、最終的にどこまでも報われない陰鬱なストーリー展開が多いため、「読んでいると鬱になる」という声が多数出ています!

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しかし、過激なストーリーの中に時折入るギャグ要素がまた強く、癖になるみたいです。

柿の種とピーナッツの関係が分かりやすいかもしれませんね。

作風とは違った端正な顔立ちで知られており、同じく鬼畜系漫画家・青山正明さんは

「山野氏は背も高く、かなりの二枚目である。

何か相当のコンプレックスがあるのだろうか」と作者と作品の非一致を早くから指摘していた。

とのことでした。

少年時代から「自分は周囲とは違う」と思っており、「みんなバカでこいつらとコミュニケーションしてもしょうがない」と思っていたそうです。

こうした経緯から、他人と関わることを嫌っており、漫画を描くという労働の特徴として「人と会わなくてすむ」ということを挙げておられました。

また、『ガロ』でデビューするも2年間原稿料が支払われずやむなくアルバイトで飢えをしのいでいた頃については

「非常に拭い難い汚点を残してしまった。

自分は労働やそれに伴う人間関係を心底憎悪していたので、この時期は一番辛かった。

丸一日アパートにこもって、好きな漫画を描いていられる日は幸福だった。

傍目にはとてもそうは見えなかっただろうが」

と、人生の汚点であったと語っていました。

また、初めての単行本である『夢の島で逢いましょう』については

「初めて単行本が出て印税というものを受け取った時は思わず目頭が熱くなった、あんまり安くて。」

と、自身の単行本があまり売れていないことに悲観したことを若干のジョークを交えて語っておられました。

この作品については

「自分の技量もわきまえず、妙にはりきったSFなど描いていて、穴があったら入りたい」

このようにコメントされていました。

作風的にとっつきにくいのかなと思いつつ、コラムやコメントを見るとおもしろい部分もあったりして、掴みどころが無い感じもまた魅力ですね。

また、漫画家として活動するうえで明確な影響を受けた漫画家はいないとしていますが、蛭子能収さんの『不確実性の家族』には大ショックを受けたそうです。

「巷に氾濫している手塚をルーツとするようなマンガとは、まったく別のものを見せられたようで、あ、こういうのもアリなんだ、と目から鱗が落ちたような気がしました。

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あの人の頭の中は暗黒宇宙が広がってますよ」と回想している。

子供の頃から抱えていた「みんなとは違う」を肯定された感じでしょうか。

いまやバラエティでも不思議キャラとして引っ張りだこの蛭子能収さんですが、山野一さんに一筋の光を与えてくれたのですね。

 

元嫁はねこぢる

さて、人間関係を嫌っているように思われた山野一さんですが、1985年頃に漫画家であった“ねこぢる”さんと結婚されていました。

本名は“橋口千代美”さんというそうです。

可愛さと残酷さが同居する、ポップでシュールな作風

で、人気を集めていたそうです。

1990年代後半には、「ねこぢるブーム」が起こったそうですが、このブームで増えた仕事の依頼を断ることが出来ず、また表現の規制も受けてしまい「自分の好きなものが描けない」と精神が不安定になってしまったそうです。

そして1998年5月10日に、ドアノブに掛けたタオルで首を吊り自殺、31歳で亡くなられました。

しかしその後も山野一さんは「ねこぢるy」の名義でねこぢるワールドを引き継いで創作を続けられました。

 

出会いのきっかけ

出会いは、山野一さんが目頭を熱くした『夢の島で逢いましょう』を読んだねこぢるさんが感銘を受け、知人の知人を通して山野一さんの住むアパートに押しかけ、そのまま上がり込んだことだったそうです。

もはや出会いというよりストー…と思ってしまいますが、愛の形は人それぞれですよね。

しかし当時ねこぢるさんは18歳だったというので驚きです。

すごい行動力ですね!

そうして押しかけ女房的にお二人は結婚され、ねこぢるさんは始め山野一さんの漫画のお手伝いをされていたそうですが、ねこぢるさんの落書きに山野一さんが目をつけ、共同作品『ねこぢるうどん』が発表されることとなったそうです。

 

再婚していた

ねこじるさん没後も「ねこぢるy」としてねこぢる作品を制作されていた山野一さんですが、2006年に再婚し、2008年には双子の姉妹が誕生していました。

そして、この様子を育児漫画として『そせじ』というタイトルで2014年からkindleストアで出版されていました。

まさか鬼畜系漫画を描いていた方が育児漫画を描くようになるとは、年月というものはすごいですね。

1994年からはねこぢるさんの共同制作者として裏方でお仕事をされており、この『そせじ』は約20年ぶりの新刊となりました。

 

現在について

山野一さんの現在について調べてみましたが、特に何も情報がありませんでした…。

ツイッターを見てみましたが、子育てに翻弄されている様子がうかがえてほほえましいです(笑)

ねこぢるy名義で発売した本と『そせじ』が主な収入源なのでしょうか。

それとねこぢるのラインスタンプを二種類と、そせじのラインスタンプもありました。

どちらも絵柄がかわいらしいので、結構売れているかもしれませんね。

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