寺田ヒロオの嫁は誰?代表作は?晩年や死因について。

漫画家の寺田ヒロオさんのお嫁さん情報を入手!

寺田ヒロオさんの代表作もご紹介します。

晩年はどのように過ごされたのか?

死因は何だったのか?

寺田ヒロオさんの知られざる姿に注目します!

 

寺田ヒロオの結婚した嫁について

漫画家・寺田ヒロオさんは、あの伝説的な「トキワ荘」でリーダー的存在だった方。

若かりし頃の藤子不二雄Ⓐ さんや、赤塚不二夫さんらが頼っていた兄貴的存在でした。

寺田ヒロオさんは1957年6月に結婚しました。

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お相手のお嫁さんは作曲家・中村八大さんの妹さんで、結婚を機に「トキワ荘」から引越しをしました。

結婚式の2次会で、中村八大さんが作曲した「上を向いて歩こう」を皆で合唱したというエピソードがあります。

お嫁さんに関しては、照れ屋な寺田ヒロオさんの性格もあってか、詳しいことは紹介されていません。

作曲家・中村八大さんの妹というだけで、お名前さえ公表されていないのです。

ただ、仲間に恵まれ、頼られてきた寺田ヒロオさんですから、お嫁さんにも優しく、心強い存在だったのではないでしょうか?

ただ、当時の週刊漫画誌の隆盛に伴って、仕事のペースがどんどん速度を上げていく生活だったので、夫婦水入らずなどという状況にもならなかったでしょうし、時代が許さなかったと思います。

忙しいことは有難いことですが、寺田ヒロオさんにはかなりの負担だったと思われます。

それを黙って支えてきただろうお嫁さんも、結婚前とは一転した目まぐるしい毎日に戸惑ったことでしょう。

 

寺田ヒロオの代表作

寺田ヒロオさんの代表作を敢えて挙げるとしたら、「スポーツマン金太郎」と「暗闇五段」当たりでしょうか。

寺田ヒロオさんはこんな信念を持って、真摯にマンガと向き合っていたようです。

彼は、子供の読む漫画は健全で明朗でなければならないと言う確固たる信念を持っており、その信念と真逆の殺伐とした刺激的なものが描かれる劇画を批判していた。自分の漫画が掲載されている雑誌に劇画が掲載されると雑誌の編集部に劇画の掲載停止を訴えた事もあったほどである。

ですが、彼のこうした真面目過ぎる信念が受け入れられなかったことで、ついに断筆してしまいました。

 

寺田ヒロオの晩年

信念を貫き通した結果、断筆してしまった寺田ヒロオさんは、その後こんな生活になってしまったそうです。

彼の信念は受け入れられずついに断筆。

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トキワ荘の仲間たちと関わる事もほとんどなくなり、1990年に仲間を集めて宴会をしたのを最後に世間との交わりを絶ち、世捨て人のような生活を送った。

そして90年代初めに、こんな出来事がありました。

90年代初め、人前にまったく出ることがなくなった寺田ヒロオを心配し、誰が言い出したのか定かではないが、藤子不二雄コンビ、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、鈴木伸一(元トキワ荘在住、マンガ家志望だったがアニメーターに転身)で、「テラさんに会いに行こう」ということになった。

この時の様子を鈴木伸一が撮影しており、テレビ放送もされたらしい。

こうして昔の仲間が会いに来てくれること、気にかけてくれてること、本当に人望のあった方だったんだなと思います。

この話しには続きがありました。

安孫子素雄(藤子不二雄Ⓐ )は翌日電話をかけ、寺田の奥さんが出たので礼を述べ後、「テラさんに代わってください」と頼んだ。すると「昨日を限りに寺田は外との接触を一切断ちました」と告げられたそうだ。

寺田は邸宅に一人こもりがちになり、酒を手放せなくなっていた。同じ敷地内の離れに暮らす奥さんが三度の食事を運んでいたという。

一時期は誰よりも人を愛し、愛された寺田ヒロオさんだったと思うのです。

それが晩年、誰よりも人を遠ざけるようになるとは、寺田ヒロオさんの心にどんな変化があったのでしょうか。

 

寺田ヒロオの死因

1992年9月24日、寺田ヒロオさんは自宅の離れで亡くなっているのが発見されました。

その死に関しては、嫁、棚下、そして藤子不二雄Aは、ニュアンスは違えど異口同音に「自殺に近いような死に様だったのかもね・・・・・・・・・・」と語っている。

もしかしたらお酒の飲みすぎが関係しているのでは?と思ったりします。

ただ、寺田ヒロオさんは、トキワ荘の仲間が来てくれた時に、鈴木伸一さんが撮った映像を何度も見返していたそうです。

「忙しい中、みんな来てくれたんだなあ」という言葉をまるで台詞のように繰り返していたと娘さんが証言している。

思い出だけで暮らしていけたのでしょうか?

漫画家として晩年は一切筆を取らず、外部からシャットアウトした生活の中で、唯一の心の拠り所が「トキワ荘」の仲間だったのかもしれません。

寺田ヒロオさんが頑なに外部との関係を切ったことは、恐らく、人嫌いだったという単純な理由だけではなかったのでしょう。

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