漫画家・中平正彦の嫁は亡くなったの?病気はガン?子供はいるの?

1990年代、格闘ゲームのコミカライズで人気を博した漫画家、中平正彦さん。

中平正彦さんのお嫁さんはどのような方なのでしょうか?

経歴を追いながら調べていこうと思います。

2018年に中平正彦は単身で引越しをしているのですが、夫婦の間に何かあったのでしょうか?

 

中平正彦について

中平正彦さんは高知県出身。

漫画家デビューの時期から生まれた年代を推測すると、1960年代後半~1970年代前半辺りが妥当なところですね。

2018年現在は、アラフィフといったところでしょうか?

大阪芸術大学を2年で中退し、漫画家を目指すべく、「ぶっちぎり」や「人気者でいこう」、「奈緒子」や「ラストイニング」などのヒット作を持つ中原裕さんに師事したそうです。

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「奈緒子」は上野樹里さんと三浦春馬さんが出演して映画にもなりましたね。

中平正彦さんは中原裕さんらのアシスタントを経験しつつ、漫画の実力をつけて、ちょいちょい小学館の漫画雑誌に読み切りが掲載されるようになります。

そして、1992年に週刊少年サンデーで「学園帝国 俺はジュウベイ!」が連載されます。

学園ものとバトルものがミックスされた舞台に主人公が男装の女子という、設定てんこ盛りの作品は、当時人気のゲームプロデューサー広井王子さんが原作を手がけたそうです。

単行本は4巻発行されています。

連載は1年ほどで終わってしまったようですが、中平正彦さんが描く、かわいらしい女性キャラクターと迫力あるバトルシーンは、その後大きなヒット作を生みことになるのです。

 

ストリートファイター

中平正彦さんは1994年に「ストリートファイターⅡ キャミィ外伝」という作品が週刊少年サンデーの増刊号に掲載されました。

英国情報部に所属する新人エージェントのキャミィが、謎の犯罪組織を追い、世界をまたにかけて活躍する格闘アクション漫画だそうです。

実は、このキャミィというキャラクターは中平正彦さんのオリジナルではなく、今やE-SPORTSのジャンルとしても大人気の格闘ゲーム「ストリートファイター」シリーズのキャラクターです。

「ストリートファイター」シリーズは、1987年にゲームセンターで稼働し始めた対戦格闘型のアーケードゲームです。

1991年に稼働し始めた「ストリートファイターⅡ」が爆発的ヒットとなり、スーパーファミコンをはじめ様々な家庭用ゲーム機にも移植されました。

特徴あるキャラクターたちが、これまた特徴のある必殺技を駆使して相手を倒すという単純明快さと、操作を極めれば極めるほど強くなれることが非常に魅力的です。

比較的操作しやすく、汎用性の高いキャラクターもいれば、「ため」といってある程度の時間、一方向にレバーを操作しないと必殺技が出せないキャラクターがいたり、手足が伸びたり、電気を発したりと、本当に多種多様です。

当時熱狂していた人たちには、お気に入りのキャラクターがいたことでしょう。

中平正彦さんはこのゲームを漫画にする「コミカライズ」で一躍人気になったのです。

 

「さくらがんばる!」

中平正彦さんが「ストリートファイター」シリーズのコミカライズを手がけたもので、一番の人気作といわれるのが、1996年から1997年にかけて連載された「さくらがんばる!」でしょう。

「ストリートファイター」シリーズ内の人気キャラクター、女子高生格闘家の春日野さくらを主人公に据えて、彼女が憧れの格闘家の行方を追って、ライバルたちとの出会いや戦いを経て、成長していく姿を描いていきました。

連載されていた出版社が倒産し、単行本が絶版状態になっていたのですが、2004年に集英社から完全版として発売されました。

当時購入できなかった人たちにとっては、とてもうれしいニュースだったことでしょう。

さらにこの「さくらがんばる!」に登場したキャラクターが、本家のゲームに登場してしまったのです。

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神月かりんというこのキャラクターは、中平正彦さんの漫画では主人公の春日野さくらのライバルとして登場。

「万事において勝利者となる」という家訓のもとに挑戦状を叩きつけ、主人公のさくらに戦いを挑んだのだそうです。

これらのやり取りが、ゲーム会社の目に留まり、1998年に稼働しはじめた「ストリートファイターZERO3」でゲームのプレーヤーキャラクターに抜擢されたのです。

はじめはマンガだけのキャラクターだったのに、いわば逆輸入のような形でゲームに使われるなんて、中平正彦さんも思いもしなかったでしょう。

しかも、ストリートファイターシリーズの新作が発表されるたびに「かりんちゃんは参戦するのですか?」といった問い合わせがゲームメーカーに届くくらいの人気キャラのなったというのですから、さぞかし誇らしいのではないかと思われます。

 

その他

中平正彦さんは他にもアニメ化された「破壊魔貞光」や「つきロボ」といったオリジナル作品の連載、宮部みゆきさんの小説「ドリームバスター」のコミカライズをやっていたりします。

個人の趣味としては、テレビゲームやサイクリングなんかが好きみたいです。

誕生日には自分へのプレゼントとして、自転車のパーツを購入しているようです。

 

中平正彦の嫁

2011年の6月、中平正彦さんの近況を語るブログにこのような投稿がありました。

現在身内の者が入院しておりまして今はこちらの方に時間を頂きたいと思います。

大変申し訳ありません。

その後の報告をさせて頂きます。

現在小康状態が続いております。

しかしながら予断を許さない状況には変わりはなく・・・

これを見る限りでは誰が入院したのかはわかっていませんでした。

しかし、同じ年の8月31にすべてが明らかになりました。

この一月からガンと闘っていた妻が本日、残念ながら息を引き取りました。

葬儀の打ち合わせを終えて家に戻ったところです。

何を書けばいいのか…

今は気をしっかり保って、ちゃんと彼女を送ってやらなくてはと思います。

でも俺、喪服似合わねえんだよな…

俺の父の葬式の時も、彼女に失笑されたし。

中平正彦さんのお嫁さんは、2011年の8月にガンで亡くなったそうです。

病気はガンだったのですね!

自分のお父さんのお葬式でのお嫁さんとの会話が涙を誘いますね。

中平正彦さんはいつお嫁さんと結婚したのか?

お嫁さんの名前やどのような方なのか?

そういったことは一切わかりませんでした。

中平正彦さんのお嫁さんは、中平正彦さんと常に一緒にいたような感じですね。

中平正彦さんのお嫁さんが亡くなってから半年たった時に、このような投稿がされました。

俺にとってはついこのあいだ、という感じなのですが、妻がこの世を去って半年が過ぎました。

相変わらず悲しくて仕方ないです。

でもこの感情も彼女の存在があったればこそ。

この悲しさを、俺はとても愛おしく思います。

というのはさておいて、困ったことがひとつ。

日常の話し相手が彼女だけだったので、誰かとしゃべる機会がえらく減ってしまいました。

この仕事を永く続けてる人ってホント一握りだから、知り合いも出来た先から居なくなってしまいますし。

マジで日本語忘れそうです。何とかしないとなあ。

半年たっても悲しみが癒えていなかったようです。

ふたりの間にお子さんがいれば、少しは気持ちも変わったのかもしれませんが、中平正彦さんとお嫁さんとの間には子供はいないようです。

2018年に中平正彦さんは、お嫁さんや今はもういなくなった2匹の猫たちと一緒に住んでいた家を出ます。

ふたりと2匹分の荷物を片付け、自分ひとりの分だけ。

ここで、天国にいるお嫁さんも喜んでくれるような、新たな作品が生まれるといいですね。

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