城内実の嫁&息子まとめ。ブログで炎上したの?片山さつきに敗れて落選?

東京で生まれ、広島、ドイツ、神戸で幼少期を育ち、東大から外務省というエリートコースを進み、政治家になった城内実さん。

無類のレコード、オーディオマニアでもある城内実さんのお嫁さんはどのような方なのでしょうか?

城内実さんの経歴を追いながら調べていこうと思います。

ことある毎に女性が関わってきて、女難の相があるのかと心配に思ってしまうかもしれませんよ。

 

城内実について

城内実さんは1965年、東京都生まれ。

出生時は、のちに警察庁長官になるお父さんが広島県での暴力団抗争を担当していたため、危険がないように、秋田県出身の母方の祖父が会計事務所を構えていた東京に、お父さんを残して避難した形になったようです。

生まれてから3年ほど広島県で過ごした後、幼稚園は東京、小学校からはなんとドイツ(当時は西ドイツ)へと渡ります。

およそ5年にわたる西ドイツでの生活では、はじめはやはりいじめのようなことがあったそうです。

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現在ほど現地の日本人学校もなかったようで、城内実さんは地元の小学校に編入することになったそうです。

向こうの人たちからすれば、日本人も韓国人も中国人も同じものだと考えられていて、城内実少年はひどく馬鹿にされたといわれています。

ですが、半年くらいで言葉がわかるようになってくると、もともと頭がよかったのか、クラスメイトに勉強を教えられるくらいになったそうです。

そのうち一目置かれて、いじめもなくなったようですね。

西ドイツから帰国後も、神戸、東京、横浜と転校を繰り返します。

中学受験は失敗。

高校は第二志望だった開成高校に進み、1浪して東京大学に進みます。

東京大学を卒業後は外務省に勤め、幼少期の経験からか、1990年にはドイツの日本大使館に勤務します。

1996年には、天皇や首相のドイツ語通訳官に任命されます。

お互いに本当に理解しあうには、言葉の微妙なニュアンスまできちんと伝えていかないといけないので、通訳官の仕事は非常にシビアですがやりがいがあったことでしょう。

自分の経験を遺憾なく発揮した城内実さんは2002年に外務省を退官します。

 

政治家

外務省を離れた城内実さんは2003年に国政に打って出ます。

お父さんの地元である静岡県から衆議院選挙に出馬し、見事初当選を果たすのです。

しかし、2005年の郵政民営化法案の採決に際して、与党である自民党所属であるにもかかわらず反対票を投じてしまいます。

そのため、その年に行われた衆議院選挙では、自民党の公認を得られなかったばかりか、城内実さんを落選させるべく強力な刺客として片山さつきさんが送り込まれることに。

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城内実さんはわずか748票差で落選してしまい、その上、党の方針に背いたとして自民党を離党させられます。

ここで城内実さんは、多分神様が「城内、お前をこのまま当選させると調子にのって駄目な人間になる。反省しろ」と言っているのだと自らに言い聞かせ、もう党を追い出されているわけだから、逆に自分で党の組織よりも強力な組織を作って、日本一地盤の強い選挙区にしよう、と思い、地道な活動を続けていきます。

その甲斐あって、2009年の衆議院選挙では、自民党が大きな向かい風を受けていたこともあって、無所属ながらぶっちぎりのトップ当選、現職の片山さつきさんは落選と見事に雪辱を果たします。

以後、2018年現在、落選することなく衆議院議員を続けています。

 

ブログ炎上

一度は落選したものの、その後は順風満帆な政治家活動を送っている城内実さんですが、2009年にある事件を起こします。

衆議院選挙のポスターにタレントの眞鍋かをりさんとの写真を使って、これを眞鍋かおりさん側が「無断で使用した」と言ってきたのです。

写真自体は、以前に城内実さんと眞鍋かをりさんとで対談がおこなわれた時のものだったようですが、「なんでポスターになっているのか困惑している」と眞鍋かおりさんはコメントをし、特定の政治家や政党を応援することはないと改めて主張しました。

眞鍋かをりさん本人は否定しているものの、特定の政治家のポスターに掲載され、さも応援しているようにとられるような人物をテレビに出演させるのは問題と、フジテレビは眞鍋かをりさんの番組出演を見送る措置を取りました。

事の顛末は、城内実さん側と、眞鍋かをりさんの事務所だけでポスターの掲載の話を進めてしまい、当の本人には伝わっていなかったことが原因だったようです。

城内実さん側に非がなかったとはいえ、眞鍋かをりさんのタレントの芸能活動に支障をきたす結果になっていることを受けて、城内実さんのブログには「事のいきさつはどうあれ、迷惑をかけたことに対して謝るべきだ」という意見が殺到し、炎上状態になったそうです。

しかし、城内実さんは、謝罪の意を示すことも、ポスターの掲載を取りやめることもせず、さらに火に油を注いでしまったといわれています。

意固地にならずに、「迷惑をかけてすみませんでした」と一言謝ってしまえば、それほど大事にならなかったでしょう。

自分が正しいと思っていることには頑として首を縦に振らない頑固さが城内実さんにはあるのかもしれませんね。

 

城内実の嫁

城内実さんには、1999年ごろに生まれた長男と、2001年ごろに生まれた「康徳」くんという次男がいます。

2人の息子さんがいるのですね!

お嫁さんの陽子さんとは、少なくとも1998年以前に結婚したと思われます。

笑顔が素敵で優しそうなお嫁さんですね。

11月生まれの陽子さんに対して、城内実さんはお嫁さんの誕生日を忘れてしまい、いただきもののケーキを誕生日ケーキ代わりに持って行ったこともあるそうです。

誕生日を忘れると、夫婦の間が険悪になるところあるというのに、城内実さん夫婦は大丈夫なのでしょうか?

でも、他人から見ればそれほど価値のあるものとは思えない、アナログレコードの収集や高いアンティークオーディオの購入にも、眉をしかめることなく寛容でいる陽子さんですから、多少のことでは怒らないかもしれませんね。

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