菅賢治の嫁は誰?息子は菅裕輔で画像は?日テレ退社理由や現在について。

テレビプロデューサーとして活動されている菅賢治さんが結婚した嫁や息子の菅裕輔、日テレを退社した時の事情や現在についてまとめていきたいと思います。

 

菅賢治のプロフィール

こちらは菅賢治さんのプロフィールになります。

本名:菅賢治(すがけんじ)
愛称:菅ちゃんガースー焦げたテニスボール黒毛和牛
生年月日:1954年11月27日
出身地:長崎県佐世保市
職業:テレビプロデューサー
肩書:元日本テレビ制作局長代理、制作局チーフプロデューサー、制作局次長、バラエティー局総務、編成局総務兼編成戦略センター長、制作局総務兼バラエティセンター長、チーフプロデューサー兼編成局番組制作向上推進事務局局員

元々はミュージシャンを目指していたようですが、1982年に知人に誘われて日本テレビエンタープライズの契約社員になり、ディレクターになります。

これまでにプロデュースしてきた番組としては、「踊る!さんま御殿!!」「伊東家の食卓」「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」などの有名番組があり、日本のバラエティ番組を成功させてきたプロデューサーとしては最も名前が通っている方といえるでしょう。

2014年3月31日に日本テレビを退社して以降はフリーのプロデューサーになっています。

 

菅賢治の嫁はどんな人?

菅賢治さんが結婚した奥さんについて調べてみました!

菅さんは現在60歳を超えているため、奥さんどころかお孫さんがいてもおかしくない年齢ですが、どうなんでしょうか?

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調べてみましたが、奥さんの名前などのプロフィールに関する情報が出てきませんでした。

しかし、菅さんの息子・裕輔さんのブログに家族写真が載せられており、そこに菅さんの奥さんの顔が写ってしまいました!!!

その写真というのがこちら。

菅さんの他、奥さんと祐輔さんのお兄さん(手前左)も写っています。

お兄さんの誕生日のお祝いだったようです。

奥さんはとてもお綺麗な方ですね!

お兄さんもやはり菅さんに似ています。

奥さんの年齢は分かりませんが、見たところ菅さんよりもかなり若いようです。

もしも菅さんと同じ年代であれば、大女優レベルの美しさです笑。

 

2003年に魚住りえとの不倫報道!

菅賢治さんは既婚者なのですが、実は過去に日本テレビアナウンサー・魚住りえと不倫報道をされています。

今から10年以上前になりますが、2003年には菅さんと元日テレアナウンサーの魚住りえさんの路上キスがスクープされ、不倫報道されたこともありました。

お酒が入ってのことのようですので、真偽のほどはわかりませんがスクープ後に魚住さんは局の幹部から口頭で厳しく注意を受けたとされています。

菅さんはお金もあるでしょうし、バラエティ番組のプロデュースの第一人者でもあるため、女性からも人気はあったでしょうね。

果たして魚住りえさんとの不倫報道だけなのかどうか…。

これを受けて菅さんが奥さんからどのようなお叱りを受けたのかは分かりませんが、それ以降不倫報道はありませんので、尻に敷かれているのかもしれません(笑)。

やはり後ろめたい事はするべきではないですよね。

 

息子は俳優の菅裕輔(画像)。

菅賢治さんには、菅裕輔さんという息子さんがいらっしゃいます。

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菅裕輔さんは、俳優をされているそうです!

<プロデュース>

生年月日:1991年9月16日
出身地:埼玉県
血液型:A型
趣味:スノーボード・サーフィン・ドラム・ツーリング・映画鑑賞・音楽鑑賞

こちらは菅賢治さんとの親子のツーショットです!

アース製薬presents『MOTHER』に祐輔さんが出演していた際、菅さんが来場した時のツーショット。

親子だと一目で分かるような写真ですね笑。

 

菅裕輔の出演作は?

菅裕輔さんは、2012年から俳優として活動されているようですが、ウィキペディアにも情報が無いため、具体的な出演作についてはあまり情報がありません。

過去にどのような出演歴があるのか、調べてみました。

テレビドラマでは、
2012年「車イスで僕は空を飛ぶ」
2013年「広域警察4」クラブのボーイ、窪田役
2014年「ブラックプレジデント」太田信也役
2015年「ドS刑事」「戦う!書店ガール」

映画では、
2015年「表と裏」

舞台では、
2013年と2014年「MOTHER~特攻の母 鳥濱トメ物語~」
2015年「ダークネス・ゲート」伊達賢介役

に出演されています。

デビューしてからまだ日が浅いためか、あまり出演作は多くは無いようです。

今後どこかのタイミングでブレイクするかもしれませんので、期待ですね。

 

菅賢治が日テレうぃ退社した理由や現在について。

菅賢治さんは、2014年で日本テレビを退職されており、現在はフリーのプロデューサーなのですが、長年にわたって積み上げた日本テレビでの地位を何故捨ててしまったのでしょうか?

その退職理由について、以前菅さんがインタビューに答えていました。

菅氏によれば、同社では役職が高くなればなるほど、現場から離れることになるという。

菅氏は制作現場への強い思いがあったため、「あれ、これ良いのかな?」と疑問を抱いたそう。

「最後の2年はノルマとして週に22番組を見るのが仕事だったんですよ。

ただその仕事はあくまでチェックであって、『番組が面白いかどうか』というより、粗探しなんですよ。

最後の砦としてチェックすることも大事な仕事なのですが、『オレ、こんなことをするためのこの会社に入ったんだっけな。もうちょっとテレビが好きじゃなかったっけな』という思いが徐々に大きくなりました。

だんだん『制作現場に戻りたい』という気持ちが抑え切れなくなったんです」

菅氏は「僕が圧倒的に思ったのは、芸人さんとずっと一緒で死にたいって思ったんですよ。

他は要らないんです。芸人さんだけ」と打ち明け、退社せざるを得なかったことを告白した。

どこまでも現場で芸人と一緒に活動したいという思いがあったので、退職したようです。

確かに、高い所に行くと足元(現場)は見えませんからね。

とてもプロ意識が高い方なのだと思います。

実際に退職後は「希望通り現場に出られるようになって楽しい」と言い、フリーには定年がないことから安定はないものの自分の意志で引退を決められることも菅さんにとっては魅力のようです。

常に現場にいた方が、菅さんの感性も研ぎ澄まされて、いつまでも昔のような素晴らしい番組制作をする事が出来るでしょう。

菅さんがプロデュースしていく、今後の番組にも要注目ですね^^

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