衛藤征士郎の嫁&息子まとめ。韓国から帰化したの?

12期にもわたって衆議院議員を務め、国民の声を届け続けている衛藤征士郎さん。

親台派としても有名な衛藤征士郎さんのお嫁さんは、旦那さん同様国際的な方なのでしょうか?

衛藤征士郎さんの足跡を追いながら調べていこうと思います。

 

衛藤征士郎が韓国から帰化?

衛藤征士郎さんは1941年、当時日本の統治下にあった朝鮮の康津生まれ。

当時は朝鮮も日本の一部としてみなされていましたので、向こうで生まれても日本人であることは変わりませんが、なぜか在日朝鮮人と思われてしまうのは、ご両親が朝鮮人だからなのかもしれませんね。

ただ、警察官だったお父さんが元々朝鮮人だったのか?

それとも日本が朝鮮に進攻した時に日本列島から朝鮮半島にやってきたのが定かではないので、確実に在日朝鮮人とは言えません。

 

衛藤征士郎について

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衛藤征士郎さんは1945年の終戦後、大分県に引き上げ、大学に進学するまで大分で過ごします。

高校時代に2年休学してその先の進学のために資金を貯めたそうです。

1962年に高校を卒業し、早稲田大学の夜間学部(第二政治経済学部)に入学します。

1964年には昼間部への転部試験に合格し、1966年に卒業します。

1970年には地元大分県に戻り、自身の名前を謳った政治経済研究所を開設します。

翌年には大分県玖珠町長に立候補して当選、1977年までの2期務めます。

町長になった時は30歳足らずですから、かなり若い町長ですよね。

衛藤征士郎さんが政治家を目指したのは自分の故郷をもっと住みよく、いろんな人が住みたくなるようにしたかったからだそうです。

また、村にバスを走らせたいという思いもあり、そのためには自分の住む村から町まで道路を整備しなければならないとの考えもあったといわれています。

インフラを整備するためには、自分の意見がきちんと行政に届くようにならないといけないとの考えに至り、政治家を志すきっかけになったようですね。

選挙によって議員が選ばれるために、政治家になる人間すべてが「選挙に当選さえすればいい」というような見られ方をされてしまいますが、元は衛藤佂士郎さんが政治家を目指したような純粋な志があったのですよね。

多くの政治家の方が、純粋に自分の住むところ=日本を憂いて、もっと人々の生活がよくなるために活動していればいいですね。

 

国政

衛藤征士郎さんが国政に参加したのが、1977年。

2018年現在は衆議院議員ですが、最初は参議院で当選します。

参議院選挙戦の際には、当時の福田赳夫首相が駆けつけ、街頭で「皆さん衛藤征士郎候補をお育て下さい。必ずや大分の大器となる」と訴えてくださったそうです。

衆議院に鞍替えしたのは1983年の選挙からで、そこから12期連続で当選しています。

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最初の衆議院選挙では無所属だったせいなのか、定数ギリギリでの当選だったそうですが、その後ずっと議員でいるというのは、しっかりと市民の意見を反映させて政治活動を行っている証拠なのかもしれませんね。

中学生の頃から目指した政治家として、地元大分県の陸空海の交通インフラの整備を大切に考えていた衛藤征士郎さん。

長きにわたる政治家生活を経て、もっと日本がエネルギッシュになるようにとの願いが生まれてきたようです。

 

台湾

衛藤征士郎さんは、2001年に中央省庁が再編されたときに外務副大臣に任命され、当時の外務大臣が来日を予定されている台湾総統のビザ発行に難色を示した際に、それに真っ向から対立したそうです。

所属していた外務大臣がリーダーだったグループを脱退してまで抗議の意を示し、最終的にビザが発行され、台湾総統の来日に貢献したといわれています。

大の台湾親交家といわれている衛藤征士郎さんからすれば、自分の愛する国の首長がけんもほろろに入国を断られる事態に納得がいかなかったのでしょうね。

その後も、衛藤征士郎さんは台湾への思いを伝え続け、2011年の東日本大震災の時に台湾が日本に多くの助力をしてくれたことを感謝しに台湾に訪問しています。

訪問当時、衛藤征士郎さんは衆議院の副議長をしていましたが、1972年に台湾との(政治的な)国交を断絶してから、この時に初めて議会の正副含めた議長クラスが台湾を訪問したといわれています。

政治的に見れば大きな出来事なのかもしれませんが、助けてくれたらお礼を言うのが人の良心というもので、衛藤征士郎さんがたまたま議会の副議長だったという話で、人としてはすごくまともなことをやっているに過ぎないですよね。

 

衛藤征士郎の嫁

親台家というだけでなく、サッカーを通して外交を試みていこうとするグループでも会長を務めたり、時間があれば海外旅行に行きたいと思っている衛藤征士郎さん。

そんな国際感覚にも長けた男性のお嫁さんとはどのような方なのでしょうか?

お嫁さんとの馴れ初めは、アマチュア無線の会で知り合って、その後英会話グループで再開したということが明らかになっているのですが、お名前や年齢などは公表されていないようで、調べきることができませんでした。

さらに息子さんがおふたりいるということもわかっていますが、こちらもいつ生まれてどのような経歴があるのかがわかりませんでした。

衛藤征士郎さんは息子さんふたりには健康第一ということを心がけるようにと伝えているそうです。

衛藤征士郎さんももうじき80歳を迎える年になりました。

次代の大分県を担う政治家として、近い将来衛藤征士郎さんの息子さんが名乗りを上げるかもしれませんね。

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