東野英心の嫁は服部まり子。息子は東野克。養子の噂が?死因は脳溢血。

今回は、俳優・東野英心さんについて調べてみました。

 

東野英心について

東野英心さんは、1962年から活動されていた俳優さんです。

お父様は東野英治郎さんで、テレビドラマ『水戸黄門』の初代黄門様役をされていた名優です。

高校卒業後に父と同じ道を歩むべく俳優座養成所に入所します。

しかし父である英治郎は、ドラマ『水戸黄門』に主演。

不動の人気を得るようになり、東野にとって憧れの父はますます遠い存在となっていった。

役者として芽が出ず、行き詰まる東野に英治郎が「役者として何がやりたいんだ?」と声をかけたこともあるという。

その後『ウルトラマンタロウ』で副隊長役を務め、東野英心さんは無事に人気俳優となりました。

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父の背中がますます遠くなり焦る気持ちもわかりますが、お父様もポッと出ていきなり水戸黄門!というわけではありませんからね。

お父様の言葉もあり、着実に俳優として成長していったみたいですね。

1970年代末からは『あばれはっちゃく』シリーズに出演。

主人公の少年・桜間長太郎の厳格な父親役を演じ、長太郎が問題を起こした際には制裁を加えて「てめぇの馬鹿さ加減にはなぁ、父ちゃん情けなくて涙が出てくらぁ!」と叱り飛ばす定番セリフで人気を得て、番組内での名シーンともなっていた。

東野英心さんといえば「あばれはっちゃく」という方も多いです。

役では厳格な父親を演じていた東野英心さんですが、学生時代は非行に走っていたこともあったそうです。

 

ヤンキーだった?

実は東野英心さんは、学生時代「カミナリ族」に属していたことがあります。

カミナリ族とは、いわゆる暴走族で、バイクのマフラーの芯を抜くなどの改造をし、その騒音が雷に似ていることからその名がついたそうです。

余談ですが、この頃のバイクは高価なものだったため、グループのメンバーはお金持ち家庭の子が多かったようです。

 

非行の原因は父

なぜ東野英心さんがカミナリ族に属する原因となったのは父・英治郎さんの浮気が原因だったようです。

大役者である英治郎さんが度々浮気をしては家を出るなどしたため、寂しさをうめるように非行に走ったと言われています。

また、急逝した際、小・中学校時代の同級生だった長山藍子は「(学生時代は)勉強は全然ダメだったけど、すごく性格の優しい人だった」と涙ながらに語っていた。

根が悪いというわけではなさそうですから、やはり父の浮気が原因のようですね。

しかし高校卒業後には父を憧れに俳優を目指しているので、仲直りをしたか、どこか自分で折り合いをつけたかしたみたいですね。

学生時代、父親と向き合えなかった経験から、厳格な父親役や生徒を理解する先生役を演じていたそうです。

 

東野英心の嫁は服部まり子

東野英心さんは、1968年に元女優の服部まり子さんと結婚していました。

資料によっては「服部マリ」と記載されていますが、どうやら宝塚出身の方との混合を避けるために芸名を変えたそうです。

息子さんと娘さんが一人ずつ誕生し、お孫さんも一人いらっしゃるそうです。

東野英心さんとは俳優座で知り合い、妻・まり子さんは東野英心さんの1期後輩にあたるそうです。

服部まり子さんは、1992年に大病を患い女優業を引退しました。

2007年2月テレビ東京の「昭和のスター同窓会」という番組の俳優座13期生同窓会に出演しました。

「15年前に脳腫瘍して、今頭蓋骨が無いの、で半分麻痺なの。

だから顔が恥ずかしいとかじゃなくて、出られなかったの」(御本人談)ということで闘病生活で大変でしたが、人生切り替えてみたいと同窓会に出る決意をしたとのことでした。

頭蓋骨が無いとはどのような状態か分かりませんが、とにかく大変そうですね。

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2013年にはTBS系バラエティの「爆報!THEフライデー」にて元気なお姿で登場されていました。

服部まり子が、自分が脳腫瘍になったことを東野英心に打ち明けた時に、そっけない態度だったと語った。

久里千春が、東野英心が妻の手術の成功を祈って、滝行をしていたエピソードを語った。

東野英心さんは、口に出したら効果が無くなると思い「ふうん」とそっけない返事をしたとのことでした。

妻思いでほほえましいですが、当事者になると「もっと何か言ってくれても…」と思ってしまいそうです(笑)

 

息子は東野克

東野英心さんの息子、東野克(かつ)さんは音楽家でシンガーソングライターとして活躍されています。

2005年には映画「あらしのよるに」の作曲をされていたそうです!

この映画は感動しますよね!

まさか作曲が東野克さんとは知りませんでした。

子供の頃から、音楽の英才教育を受けてきたようで、13歳の時にはクラシックギターを学び、15歳でオーボエを学び、18歳で和声法とジャズ理論を学び、同時に中島健司さんからヴォイストレーニングも受ける。

その後、尚美音楽大学作曲部電子音楽学科に入学、卒業後は武蔵野美術学園メディア表現科CGコースの教員としても活躍していました。

学生時代から音楽漬けですね。

祖父・両親とも俳優ですので俳優の道かと思いきや、克さんは音楽に興味があったようです。

しかし2013年には映画「潜伏」に出演し、話題になりました。

ミュージシャンから42歳で俳優初挑戦ということや、親の知名度、また俳優業では3代にわたって俳優をすることは珍しいそうですので、各方面から注目の的になりました。

「20代の頃、父が俳優に仕事を持ってきてくれたが、その時は断ってしまった。

年を経て、ミュージシャンも俳優も表現者であることに違いはないと思った。

今回はいい経験ができた。

祖父も父も若い頃は悪役が多かったので、縁を感じる。

今後も需要があればやってみたい」

と、インタビューに答えた東野克さん。

現在も主にシンガーソングライターとして都内のライブハウスで活動し、楽曲提供や講師などで生計を立てているそうですが、また俳優として出演されることもあるかもしれませんね。

 

養子の噂が?

養子の噂があるのは東野英治郎さんと東野英心さんの間についてです。

質問掲示板に

東野英治郎さんと東野英心さんは実の親子ですか?

確か養子だとお聞きしたんですけどね。

との質問があり、その回答は

養子ですよ!

後妻の息子さんだから養子!

となっていました。

さらに、他のサイトでも「俳優・東野英治郎の長男(養子)」と記載がありましたので、後妻の連れ子という線が濃厚そうです。

しかし上記の質問掲示板の続きでは質問者の方が

ご回答ありがとうございます!

と言うのは英治郎さんと英心さんは実の親子だったんですね。

という返事に、そうですね!との返答があり、結局真相は分からずじまいでした。

情報源として正確なのは掲示板よりもサイトの方ではないかと思われます。

 

死因は脳溢血

東野英心さんは2000年に脳出血(脳溢血)により58歳という若さで亡くなられました。

2000年11月13日の夜、都内のレストランでの会食中に突然倒れ病院に搬送。

高血圧が原因の高血圧性脳出血であった。

東野英心さんは、高血圧が原因で医者にお酒をやめるよう言われていましたが、禁酒を守れなかったため亡くなってしまったと言われています。

また、父・英治郎さんが亡くなられてわずか6年後のことだったため世間はざわついたみたいです。

憧れの父を追いかけるように58歳という若さで亡くなってしまった東野英心さん。

天国では東野英治郎さんと仲良く俳優として活躍されているかもしれません。

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