菅原洋一の嫁の画像は?息子は菅原英介で娘の名前は菅原歌織

今回は、兵庫県出身の歌手・菅原洋一さんとそのご家族についてまとめてみました。

 

菅原洋一について

菅原洋一さんは1958年にタンゴバンド「平川真平とオルケスタ・ティピカ東京」に所属し、歌手デビューされています。

1965年に発売した『知りたくないの』の大ヒットにより、一躍有名歌手へと駆け上がりました。

この『知りたくないの』がヒットしたのは、1965年ではなく2年後の1967年のことだったそうで、元々はB面に収録されていたようです。

1968年に「誰もいない」で第10回日本レコード大賞歌唱賞、1970年には「今日でお別れ」の大ヒットにより第12回日本レコード大賞を受賞し、実力派シンガーとしての地位を確立。

また、愛嬌のある笑い皺が特徴的な丸顔から、当時の人気音楽番組「夜のヒットスタジオ」の司会者・前田武彦に「3日前のハンバーグ」というニックネームを付けられ、以後「ハンバーグ」という愛称が彼の代表詞的フレーズとなった。

3日前のハンバーグって…ちょっと失礼ですよね(笑)

菅原さんは気に入ったのか、1970年代に入ってからは「キッチンパパ」の司会も担当されたりしていたそうです。

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現在について

1970年代に活躍されていた菅原洋一さんですが、現在は何をされているのでしょう?

2014年、2015年とCDも発売していますし、NHK歌謡コンサートや木曜8時のコンサートなどの歌番組にも出演されていました。

なんと83歳となった現在も歌手活動を続けていらっしゃるようです。

歌手活動60年になるんですね。是非このまま記録を更新していってほしいですね。

 

嫁について&画像は?

長い間夫を支えている奥様ですが、残念ながら一般の方らしく画像などはありませんでした。

結婚時期などのざっくりとした情報もなく、奥様に関しては一切の詳細が分かりません。

大人気歌手となった夫を陰ながら支えておられるんですね。

 

子供について

奥様については情報はありませんでしたが、菅原洋一さんのお子さんは、やはり音楽関係のお仕事をされていました。

 

息子・菅原英介

息子さんの菅原英介さんは、作曲家でピアニストをされておられるそうです。

アメリカで音楽と心理学を学び、音楽で人の心を治療する方法を探求しているのだそうです。

音楽療法という健康法がありますが、菅原英介さんはたくさんの人の心を治療してきたのですね。

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さらに、作業療法士の資格も持っていて、リハビリテーションに勤務しながら音楽活動をしているのだとか。

また、2006年には英介さんが作曲したCDを発売し、父・菅原洋一さんとコンサートもされていました。

2017年には『息子と歌う思い出の歌』というタイトルで、父・菅原洋一さんとデュエットしたCDが発売されています。

2曲目に収録されている『知りたくないの(英語ヴァージョン)』は、菅原英介さんの本場仕込みの英語が気になりますね!

音楽番組で親子共演もされていました。

菅原洋一さんが2010年に発表された『ビューティフルメモリー』の作曲・編曲は菅原英介さんが担当されていました。

親子での音楽活動が多くて羨ましいですね。

仲が良いのでしょう。

 

娘・菅原歌織

「歌を織る」で歌織さんです、素敵なお名前ですね。

『パパと歌織の愛のうた』はNHKで流れていました。

お子さんを愛してらっしゃる姿がありありと伝わります。

菅原歌織さんは一時期菅原洋一さんとデュエットをされていたようですが、現在は芸能活動をされていないようで、現在は一般の方として生活されているみたいです。

そして菅原歌織さんは結婚され息子さんが誕生したようですが、息子さん(菅原洋一さんの孫)はご病気でお亡くなりになっていました。

 

孫の病気について

菅原洋一さんのお孫さんは高瀬竜悟さんで、享年18歳だったそうです。

竜悟さんお病気は小児脳幹グリオーマという小児がんの一種で、悪性の脳腫瘍ができてしまったんですって。

病気を発症したのは大学受験を目指していた2013年のことだったそうで、現在治療方法も見つかっておらず、1年以内の生存率が50%というかなり厳しい病気だったそうです。

10か月の闘病後、この世を去ってしまったということです。

かなり胸が苦しくなる話ですね。

突然の大病で18歳でこの世を去るとは、考えられない話です。

また、菅原洋一さんのお孫さんは竜悟さんだけだったそうで、たった一人のかわいい孫が自分より先に天国に行ってしまうというのは想像に難くない悲劇だと思います。

2016年の子どもの日に、菅原洋一さんは国立成育医療研究センターで開催されたイベントで小児がんと戦っている子どもたちに童謡をプレゼントしたそうです。

参加した子どもたちからは「すごくきれいな歌声だった」と評判だったそうですよ。

菅原洋一さんの歌声は、ひとときでも病気のことを忘れさせてくれる癒しを与えてくれていたのかもしれませんね。

菅原洋一さんが歌い続けているのは、お孫さんを思ってというのもあるかもしれません。

病状が悪化しても、竜悟さんが大好きな歌を耳元で歌うと、竜悟さんの手がかすかに動き反応してくれたそうです。

温かい家族の話から、悲しいお孫さんの死、様々な思いを胸に菅原洋一さんは今日も私たちに素晴らしい歌声を届けてくれています。

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