桂福團治の嫁は翠みち代。画像は?息子はいるの?

今回は落語家の桂福團治についてみていきましょう。

桂福團治について

故3代目桂春団治さんの筆頭弟子である桂福團治さん。

1973年10月には4代目福團治を襲名し、以降手話落語に取り組んできました。

1996年、日本で初めて視覚障害者の弟子をとり、弟子の福点は2009年11月、天満天神繁昌亭でデビューを果たしています。

障害の有無に関わらず楽しめる落語会を開くために「バリアフリー落語会」を福点とともに開催し、阪神淡路大震災での障害者の体験をもとにした創作リレー落語で震災の風化防止活動も行っている桂福團治さん。

その結婚した嫁や息子について調べてみました。

 

嫁は翠みち代

漫談や歌手の声帯、形態模写で活躍した翠みち代さん。

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昔の画像を見ると、素敵な方ですね。

翠さんは子供のころから浪曲に親しみ、美空ひばりさんの模写なども得意としました。

素人参加のラジオのコンクールなどで注目を浴び、1965年4月に松竹系の神戸松竹座で椿みちよの名で初舞台をふんでいます。

芸達者な女芸人として活躍する一方、故3代目桂春団治さんの筆頭弟子、福団治さんの妻としても務めを果たしていました。

実の兄が浪曲の広沢竜造(江口鉱三郎)、姪に女優の泉ピン子、実の子に桂福若という華麗なる家系となっています。

 

死因は?

そんな最愛の妻である翠みち代さんは、2018年2月11日に亡くなっていたことがわかりました。

午前2時16分、大阪市内の病院で亡くなり、12、13日に通夜、葬儀を親族だけで終え、14日になって、翠さんが亡くなっていたことが明らかになった。

福団治によると、翠さんは約3年前から足を悪くし、介護施設で暮らしていた。

今年1月末、体調不良を訴え、大阪市内の病院で検査を受けたところ、「末期の胃がん」と告げられ、その後の検査では、肺へも転移していることが分かったという。

福団治は、今月1日に弟子の桂福車さん(享年56)も亡くしたばかりで、気丈に仕事を続けている。

最愛の妻への思いとともに、この日、あわせて近況も報告した。

最終的には胃ガンが肺に転移してしまい、肺がんが死因となってしまったようです。

関係者によると、桂福團治さんはみち代さんの最期に立ち会っており、「芸人として長く活躍した妻でした。

晩年は闘病生活を続けていましたが、芸人魂を失わずカムバックを目指していました」と、妻の芸人魂に感服している様子でした。

 

息子は?

桂福團治さんと翠みち代さんとの間には息子さんが1人いらっしゃいます。

本名は黒川 清澄さんで、現在49歳になる歳です。

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1987年11月、父である4代目桂福團治さんに入門し、「桂福若」を名乗るようになります。

そして、1992年頃から一門会の高座に上がるようになりました。

 

施設出身?

桂福若さんは学生時代から何かと問題を起こしており、なんと厚生施設にいれられていた経験があります。

幼少時から歴史小説を愛読し、中学生のときに歴史の授業で紹介された乃木希典(陸軍大将)の水師営の会見のエピソード(降伏したロシア側司令官との面会時に帯刀を許したことが、敗軍の将の名誉を重んじたとして世界中から称賛を受けた)に感銘を受ける。

府立高校に進学するが、“自虐教育”一色だったこともあり、教師への反発心で学校から不登校となり中退する。

高校中退後、生活が荒れ、両親に更生施設に入れられ同年代の少年たちと共同生活を送る。

その施設職員に元日本軍人がいて、「歴史の生き証人」から直接話を聞いて「日本人、日本の国柄とは何か」と深く考えるようになったと本人は語っている。

ご両親も相当忙しかったでしょうから、面倒見る余裕がなかったのかもしれません。

2005年頃、仏教系大宗派の寺院関係者から依頼された寄席の後に行われた懇親会。

憲法についての意見を求められ、「日本人の伝統的な生き方を否定している。認められない」と言うと空気が変わり、二度と寄席に呼ばれなくなった。

「当時の世間のムードは今以上にリベラル一色。落語の世界も同じだった」。

後援者からの悪評に加え、同業者にも陰口をたたかれた。

仕事が激減し、生活は楽ではなかった。

ご両親の支援はほとんど受けていないようですね。

親子仲もあまり良くないようです。

 

転機は?

2013年頃から、日常生活のトラブルをネタにすることを思いつき、法律や裁判の勉強を始め、日本国憲法に行きつきます。

「小難しい理屈でなく、単純な面白さが上方落語の特徴。

法律をいかに分かりやすいネタに仕上げるかが腕の見せ所」と専門的な勉強を続ける中でたどりついたのが憲法だった。

2014年7月、「変だと思っていた」という護憲派が信奉する9条や前文をテーマにした憲法改正落語を完成させた。

今、全国各地の高座で披露している。

中国の軍拡などが日本を取り巻く国際環境の変化で、憲法改正にも焦点が当たりつつあり、良いタイミングだったようです。

「歴史や伝統にのっとった国柄にふさわしい憲法が取り戻されれば自分の落語の役割は終わる。

一日も早くその日が訪れてほしい」

桂福若さんは「憲法を考えるきっかけになってもらえれば」と話す一方、この落語が必要でなくなる日がきてほしいとも願っています。

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