栗城史多が嫁と結婚。来歴や実力、指再生について!

2018年5月21日に8度目のエベレスト挑戦の登山中に滑落死した栗城史多さんですが、栗城史多さんは結婚しているのか、どのような嫁さんなのかについて調べました。

また、栗城史多さんの来歴や実力、指再生についても調べました。

 

栗城史多の嫁

栗城史多さんが結婚しているかどうかのはっきりとした時のはありません。

栗城史多さんの嫁さん、結婚しているかどうかの情報について見つかった内容をまとめます。

 

嫁のサポートで?

栗城史多さんの奥さんについて調べたところ、栗城史多さんの登山は奥さんのサポートで支えられているとの噂もあります。

過去を遡るとブログに彼女や嫁さがいるような記事もあったりして、結婚されているんだと噂にはなっていますよ。

サポートしてくれる嫁がいるのだろうという噂は絶えずあります。

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ただし、はっきりした情報は無く、おそらくどれも予想によるものだと思います。

 

嫁はいない?

栗城史多さんは結婚していないのか調べると次の情報がありました。

調べてみたところ栗城さんは結婚していないとのことでした。

登山一筋で結婚願望などはなかったのでしょうか?

しかし、栗城さんの今までを考えてみると1つのことに執着する力がとても強い方なのかなと思います。

登山以外のことは考えられない人であれば、結婚のことなんて興味は無いでしょう。

2011年3月5日のツイッターでのツイートから見てみます。

後輩も同級生もみんな結婚していく。

常に己を越えていきたい自分には一生無縁かもしれない…

2011年3月時点ではまだ結婚しておらず、自分には無縁であると言っています。

常に登山一筋の人と結婚してくれるような女性はいないであろうということなのですかね。

次に2013年1月22日のツイッターには次のツイートがありました。

最近、結婚て何なんだろ、、?て考えます。

凍傷になってから山以外のことを色々考えてます。

相手はいないけどね。

登山一筋の男が山以外のことを考えるきっかけができ、結婚について考えています。

そうは言っても相手はいないのでどうしようもないみたいです。

以上のことから2013年時点では結婚していないことが分かります。

しかし、その後結婚をしたかどうかは分かりませんが。

 

来歴や実力

栗城史多さんの登山に関する来歴や実力といった情報について見ていきます。

 

来歴

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栗城史多さんはどのような登山に挑戦してきたのでしょうか。

栗城史多さんの来歴について調べました。

  • 2002年 中山峠から小樽市の銭函まで年越し縦走
  • 2004年 マッキンリー登頂
  • 2006年 アコンカグア、エルブルース、キリマンジェロ登
  • 2007年 チョ・オユー、ビンソンマシフ登頂
  • 2008年 マナスル登頂
  • 2009年 ダウラギリ登頂
  • 2014年 ブロード・ピーク登頂

最高峰の山々に挑戦し見事登頂に成功しています。

もちろん数々の失敗もありますが、ここでは成功例のみ載せています。

 

実力についての評価は低い?

数々の登山に挑戦してきた栗城史多さんですが、栗城史多さんの登山家としての実力はどうなのか見ていきます。

マッキンリーを始めとした6大大陸最高峰の単独登頂や、8度のエベレスト登頂へのチャレンジをし、経験は十分だったと思われます。

しかし、プロの登山家やネット上での評判や評価は低く、「プロの登山家ではない」「無謀」「登山をなめてる」「このままだと99.999%死ぬ」などの意見が多く見られます。

山岳ジャーナリストの服部文祥さんは、「栗城くんは登山家として3.5流」と言い切っています。

また、栗城史多さんは「単独無酸素登頂」とうたっていますが、これについても意見が出ています。

「単独」という表現は「登山中にどんな助けも受けない。

また、他人が残していった登山ロープを使ってるのは他人の助けを受けてるのと一緒!

さらに、エベレスト以外の山では酸素ボンベを必要としないので、酸素ボンベを必要としない山でも「無酸素登頂」と発言するのはおかしい。

無酸素ボンベが必要のない場所でも「無酸素でした!」と発言した。

このような理由から栗城史多さんを嘘つき呼ばわりしている記事もあります。

 

指再生について

栗城史多さんはエベレストで凍傷により指の切断を余儀なくされますが、栗城史多さんは指の再生治療も受けていたのです。

栗城史多さんは4度目のエベレスト登頂の際、両手指、両足、鼻が深刻な凍傷になったことで有名になりました。

足と鼻は良くなったものの、指は既に手遅れになっており切断を余儀なくされます。

栗城史多さんは諦めず、インドで再生治療を試みると発表。

本人は少し伸びてきたなどと話していたようですが、効果は得られず、それどころか帰国直前に感染症にかかります。

指先は完全にミイラ化していたと言います。東洋医学や民間療法にまで手を出しますが、万策尽きようやく切断を決断。

自分の指がなくなってしまうのはそうとうにショックでしょうし、生活にも支障が出ることについても不安はあったでしょうね。

35歳という若さで亡くなられたことについては非常に残念です。

心からご冥福をお祈りします。

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