岸田繁の嫁は再婚相手が谷口紗耶香はなぜ?結婚指輪や実家について。

今回はロックバンド・くるりの岸田繁さんについてみていきましょう。

 

岸田繁について

岸田繁さんといえば人気ロックバンドくるりのボーカリスト兼ギタリストを務めていますね。

くるり=岸田繁というフロントマン的な存在で、コアなファンもかなり多いのは有名ですが、その私生活は謎な部分が多いですね。

岸田繁の結婚した嫁や家族について調べてみました。

 

最初の嫁は?

1976年4月27日産まれの岸田繁さんは現在42歳ですが、若い時に1度結婚していたことがあったようです。

2000年5月に24歳でご結婚され、地元である京都で行われた結婚式では、くるりの曲である『春風』を歌われたようです。

『春風』は、くるりがメジャーデビューをする前から歌っていた曲で、ちょうど結婚式あたりの2000年4月5日に発売となっています。

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「はっぴいえんど」へのオマージュとしてつくられた作品としても有名です。

自身が結婚する日取りに合わせての発売だったのかもしれませんね。

当時は結婚ソングとして自分の結婚式に使ったファンも多いのではないでしょうか。

気になる結婚された相手ですが、一般女性とのことで多くの情報はないです。

くるりがデビューをしたのは1998年ですので、その2年後にご結婚されているのですね。

デビュー前後はかなり忙しかったはずなので、デビュー前からお付き合いされていた方だったのかもしれません。

 

子どもは?

岸田繁さんが過去にご結婚されていたということなので、お子さんがいるのか気になりますよね。

調べてみたとことろ、2010年あたりの雑誌のインタビューでは岸田繁さんが曲について話している時に、「子供はいない」と言われていたという情報がありました。

いずれにしても一般女性が母で、お子さんがいたとして一般人ですので、岸田繁さんが話さない限り情報は出てこないかもしれませんね。

 

再婚相手が谷口紗耶香?

2000年にご結婚された岸田繁さんですが、一部では離婚したという噂もあります。

この情報について調べてみた所、確かに『2004~2005年位に離婚してる』という話があるようです。

そしてさらに、ミュージシャンの世武裕子さんや、フォログラファーの女性と付き合っているという噂もあったようですが・・・

どれも出処も不確かで、真相ははっきりしません。

また、モデルの谷口紗耶香さんと再婚されたなどの情報もありました。

「この度、私事ではございますが、本日、2016年5月9日(月)入籍いたしましたことをご報告させていただきます」と発表した谷口。

「私は2年前の3月に離婚し、シングルマザーとして日々を送る中で彼と出逢いました」と説明し「彼は深い愛で私と娘を包んでくれ、ごく自然と結婚を意識するようになり、私の30歳の誕生日の節目に入籍する運びとなりました」と明かした。

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しかし、谷口紗耶香さんについては、旦那さんの詳細は明かしていませんでしたが、インスタに載せている旦那さんとお子さんのスリーショットは、岸田繁さんとは全く違う方が載っています。

そもそもの話になりますが、離婚されているか?というのも本人の口から言われたわけではありませんので、あくまで噂レベルの話ですね。

 

結婚指輪

岸田繁さんはプライベートが謎が多いため、既婚者かどうか探るために結婚指輪に注目するファンが多くいます。

・レコーディング風景の中に、岸田さんが左手の薬指に指輪をはめているのが映っていました。
・既婚者でも指輪を外している人はたくさんいると思いますが。演奏するのに邪魔。

このようにつけたりはずしたりしているようですね。

たしかにバンドマンは手が命ですので、ボーカル兼ギタリストである岸田繁さんが、演奏に邪魔だという理由で指輪をはずしていてもおかしくないですよね。

 

実家について

岸田繁さんの実家は、江戸時代から代々仏具製作を生業としてきた家系です。

跡取りがいないということで、岸田繁さんの曾祖父が養子に入るのですが、なんと仏具店を継がずにパン屋を始めてしまいます。

しかしそれが成功して、岸田家は大地主となりました。

その息子である岸田繁さんの祖父・藤一さんは、結婚後に出征し、戦地で気象観測手を務めたといいます。

終戦後は捕虜となり、マラリアに羅患してしまい、昭和21年に帰国しました。

 

音楽は父の影響

帰国した藤一さんは、岸田繁さんの父・昭夫さんを含む幼い息子たちに、「学校を卒業したら、外へ出ろ。日本にいたらあかん」と言い続けたといいます。

息子たちはその言葉通りに外国へ渡り、昭夫さんも中国に赴任し、岸田繁さん自身も、父・昭夫から「外国へ行け」と言われていたそうで、もはや家訓のようなものになっているようです。

岸田繁さんは父のクラシック好きに影響を受けて、幼少の頃から音楽に親しみ、京都交響楽団の公演を一緒に見に行ったそうです。

学習塾でいじめに遭ったことがきっかけで中学受験をした岸田繁さんは、立命館中学校に入学します。

その頃からロックに興味を持ち始め、レッド・ツェッペリンなどをコピーしながらギターの技術を上げ、高校1年生の時に、佐藤正史と出会います。

1995年に立命館大学商業社会学部に入学した岸田繁は、音楽サークル「ロックコミューン」に入り、そこで佐藤正史とバンドを組みます。

これが後のくるりの前身となりました。

岸田繁さんのルーツを知ると、音楽に対する真摯さと、くるりの絶えざる向上心・柔軟性に納得できますね。

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