西山浩司の嫁は再婚?元嫁の離婚理由。子供まとめ。

今回は俳優の西山浩司(にしやま こうじ)さんについてみていきましょう。

西山浩司について!

西山浩司さんといえば1981年に「欽ドン!良い子悪い子普通の子」のワルオ役でブレイクし、同年、共演のヨシオ役の山口良一、フツオ役の長江健次とユニット名「イモ欽トリオ」を結成しました。

当時流行のテクノを取り入れたシングル「ハイスクールララバイ」をリリースして大ヒットとなり、その後はソロデビューや俳優としても活躍していました。

そんな西山浩司さんの私生活について調べてみました!

 

西山浩司の嫁は?

いまでも大勢のファンがいる欽ドンのワルオ。

結婚した奥さんは誰なのでしょうか?

 

女優・吉内里美

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西山浩司は多忙だった仕事が落ち着きを見せた1997年、当時女優だった吉内里美さんと結婚をしています。

一時期、芸名を西宮香織(にしみやかおり)としていたが、吉内里美に戻した。

第2期エンドレスギャルズメンバー。

エンドレスギャルズメンバーとは、1984年(昭和59年)7月から1990年(平成2年)6月まで、関西テレビで放送された深夜の情報番組『エンドレスナイト』に出演した、一般公募で選ばれた女性レポーターである。

さすが女優さん。

とってもお綺麗な方ですね!

 

小料理屋?

西山浩司さんと吉内里美さんは芸能活動のかたわら、夫婦で飲食店「小料理Bar皆月」を経営しています。

80年代前半に「ハイスクールララバイ」の大ヒットで一世を風靡した、イモ欽トリオ。

そのメンバーのひとり、“ワルオ”こと西山浩司(54)が、妻で女優の吉内里美(50)と夫婦で経営しているのが「小料理Bar皆月」だ。

場所は小田急線代々木上原駅から歩いて5分ほど。

住宅街の一角にあり、上質感漂う隠れ家的な空間で、手作りの創作料理を味わえる。

窓のない外観は一見すると気後れするが、西山夫妻の接客は実に気さくでアットホーム。

その居心地の良さから、客の多くはリピーターだという。

夫婦で経営しているなんて素敵ですね。

しかも手料理がおいしいとなると、リピーターは多いでしょうね。

ウチは気取ったバーというより、“小じゃれた居酒屋”という感覚。

ボク自身、お客さんと気軽に話をするし、カミさんが作る料理も家庭的なものが多いんです。

日常の疲れもここへ来るとリセットできて、帰る頃にはみんな自然に笑顔になれる。

そんな“大人がホッとできる場所”であり続けたいと思っています」(西山浩司)

タレントや音楽関係者など芸能界の常連も多く、中でも、新田純一(52)はオープン以来の御用達。

よく夫婦で足を運んでは自慢の手料理を存分に堪能していくそうだ。

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行ってみたら芸能関係の方たちに会えるかもしれませんね!

 

再婚なの?

西山浩司さんを調べていくと、再婚や元嫁というワードがでてきます。

吉内里美さんとは初婚だと思われますが・・・

気になる真相を調べてみました。

 

離婚したのは長江健次!

実は離婚をしたのは西山浩司さんではなく、おなじ「イモ欽トリオ」のフツオ役でブレイクした長江健次さんでした。

長江健次さんは最初の奥さんと1999年に離婚されており、このときはお子さんはいなかったようです。

特技のスノーボードの方面でもご活躍されていて、なんと2006年トリノオリンピックでは、日本代表のコーチをされていたということですから、ビックリですね(笑)

最初のご結婚をされていた時のメインの仕事は、俳優やタレント活動ではなく、スノーボードに関わる(インストラクター・選手活動)仕事だったそうです。

一般的にスノーボードのインストラクターの待遇はというと、多くはその年だけのバイト扱いで、毎年イントラクターになる事が保証されている人がものすごく少ないそうです。

 

離婚理由は?

スノーボードとしての月収としては10~15万円と言われており、夏場のオフシーズンは、工事現場や花屋、農家などのバイトで過ごすと言われています。

このように生活が不安定だったことから離婚にいたったのでは?といわれています。

イントラクターになれても給料は安いので、「好きだからやっている」という仕事だそうです。

そして、2003年に今の奥さんと、出来ちゃた再婚をされています。

そうなると、収入を増やさないといけなくなるので、メインの仕事を俳優・タレント活動にシフトチェンジしたようですね!

ただ、このあたりから確執のあった萩本欽一さんに対して、懺悔の念がこみ上げてきていたようです。

 

子供について!

西山浩司さんと吉内里美さんの間には娘さんが1人います。

そのお子さんがなにやら体操選手という情報があるので調べてみました。

 

娘は体操選手

市川千尋という名前で活動しており、体操選手でマッスルミュージカルにも出演した経験があります。

4歳から16年間器械体操一筋でやってきた千尋です引退後はアクロバットパフォーマーや体操競技指導者として活動してきました。

体の細かいところまで意識をしてきた経験を活かしトレーナーとして、またセラピストとして皆さんのお役に立てたらと思っております。

現在は各ジムのトレーナーや講師を務めているようですね。

 

運動神経は父親譲り

市川千尋さんの高い身体能力は、父親である西山浩司さん譲りのようです。

デビュー当時より優れた運動神経を活かして芸能人運動会などで活躍を見せていた。

特にTBSにて行われていたスポーツマンNo.1決定戦では有力選手として番組常連となった。

なかでも瞬発力とスピードを伴う種目での活躍に定評があり、「ビーチフラッグス」では4度の決勝進出を果たすなど毎大会種目No.1候補と目されるも、優勝には手が届かなかった。

40歳を迎えてからは、「不惑のスプリンター」のキャプションが番組内でつけられるようになる。

年齢を重ねても劣ることのない身体能力は、しっかりと娘さんにも受け継がれているようですね。

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