田中角栄の妻は坂本はな。高速道路にまつわる都市伝説を紹介!

今回は政治家の田中角栄(たなか かくえい)氏についてみていきましょう。

田中角栄について!

昭和を代表する政治家である田中角栄氏は、第64・65代内閣総理大臣を務め、75歳でこの世を去った現在も歴史に語り継がれる政治家です。

道路法の全面改正や、道路・港湾・空港などの整備を行う各々の特別会計法など、衆議院議員として100本を超える議員立法を成立させ、戦後の日本の社会基盤整備に大きな影響を残した田中角栄氏。

そんな田中角栄氏の家族や高速道路にまつわる都市伝説について調べてみました!

 

妻は坂本はな!

田中角栄氏は、1942年3月3日、24歳の時に坂本木平という家主の娘・坂本はなさんと結婚しています。

坂本はなさんは当時31歳で、田中角栄氏より8歳年上でした。

前の夫との間に9歳になる女の子がいましたが、田中角栄氏は、坂本はなさんのつつましやかな挙動と、内に秘められた芯の強さに惚れて結婚することになります。

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「(はなは)無口ではあったが、よく気がつき、そしてよく働く人であった。

多忙な私の身の回りにも細かい心配りをしてくれるこの家の娘に、快いものを感じ始めていた。

彼女は(離婚後)2回ほど見合いをしたようだが、話は決まらなかったようだ。

出会って間もなくの正月、おばあさん(はなの母親)から、『田中さんの仕事場に出入りする人の中にいい人がいたらお世話下さい』と言われていたが、私は『この人なら私が妻にもらい受けてもいい人だ』と密かに思った。」

田中角栄氏から見初めたといっても、坂本はなさんも当時まだ駆け出しの建築家であった田中角栄氏を、「将来、二重橋を渡る人」と見染めたといいますから、女性の直感はあなどれませんね。

田中角栄氏は、のちに波乱の多かった政治家人生を振り返り、「オレがいろいろ苦境を持ちこたえられたのは、家族が塞がずにいたからだ。

そうでなければ、オレはとっくに潰されていたかも知れんな」と語っています。

坂本はなさんがファーストレディだった2年余は、田中角栄氏に巻き起こった金脈・女性問題のスキャンダルの集中砲火を浴びていました。

首相退陣後も、ロッキード事件での嵐が吹きまくった。

田中の華やかだった女性関係も含め、51年に及んだ結婚生活は、はなにとってはある意味で田中以上の激動の歳月と言えた。

そうしたはなを、娘の真紀子は「結局、母は優雅なんです」と評した。

また、はな自身は、端から見れば“我慢の一生”ではあったが、言葉少なにこう振り返ったものであった。

「お父さんに対して我を張らないこと。それだけを心がけてまいったつもりです」

古き良き時代の良妻賢母という言葉がまさしく当てはまる女性ですね。

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子どもが7人?

田中夫婦の間には、長男・正法さんが誕生しています。

その後、長女である真紀子氏が誕生していますが、長男・正法さんは5歳でこの世を去っています。

さらに驚くことに、田中角栄氏には妻である坂本はなさんとの間だけではなく、2人の愛人との間にも子供を授かっています。

全部で7人の子供がいるという衝撃の事実です。

東京・神楽坂の芸者、辻和子との間に2男1女がいる(1女まさは夭折、2男は田中の子として認知されている)。

彼女らは政界の表舞台には立たず、政治地盤の継承も行わなかった。

二男の京は音楽プロデューサーやバー経営者で、後に母子でそれぞれ田中への回想録を出版した。

秘書であった佐藤昭子との間の1女は認知されていない田中の子供とされている。

注目すべきは、この愛人たちが終生、田中角栄氏を恨むわけでもなく、支持し続けていたことです。

この田中角栄氏を取り巻いた3人の女性は、田中角栄氏の権勢絶頂期に奢り昂ぶる訳でもなく、田中角栄氏の失意期に手のひらを返す訳でもありませんでした。

 

高速道路にまつわる都市伝説を紹介!

2015年に放送されたラエティ番組「月曜から夜ふかし」(日本テレビ系)で、マツコ・デラックスが田中角栄氏にまつわる都市伝説が事実だと判明し、驚愕する一幕がありました。

この日の番組では、「ご当地都市伝説を調査した件」と題し、全国の各地域ごとにまことしやかに語られている噂話をVTRで紹介。

その中で、新潟県の都市伝説として「田中角栄の目白邸から新潟邸までは3回曲がるだけで着く」を検証した。

昭和を代表する政治家である田中角栄は、第64・65代内閣総理大臣を務め、高速道路の整備に従事。

その際、東京都の目白邸から新潟県の新潟邸まで、里帰りをしやすいように高速道路を造ったと言われているのだとか。

高速道路建築は、まさかの自分の里帰り用だったんですね(笑)

にわかには信じがたいですが・・・

スタッフは車で目白邸の前から新潟邸の目の前まで向かうことに。

出発してわずか10分、1回目の曲がり角に差し掛かったが、そのまま関越自動車道に乗り入れると、高速道路を降りるまでの4時間は直進し続けた。

そして高速を降りた後、2回曲がっただけで目的地へ到着。

本当に3回曲がっただけで新潟邸にたどり着いたのだ。

都市伝説が事実だったことが判明すると、「マジで!?」と大声をあげていたマツコ・デラックス。

視聴者も都市伝説が事実だと知ってさぞ驚いたことでしょう。

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