役所広司の嫁は河津左衛子。画像あり!息子は橋本一郎。ラプラスに?

映画だけではなく舞台やドラマ、さらには劇場アニメの声優など、様々なところで活躍している役所広司さん。

今回はそんな役所広司さんや嫁さんである河津左衛子さん、さらに実の息子であり同じく俳優の橋本一郎さんについて調べてみました!

役所広司について

昨年ドラマ陸王で20年ぶりの主演を果たし、そこでの熱い演技に涙する人が多く世間から絶賛の声を欲しいままにし、今なお演技の世界で第一線を走り続けている役所広司さんですが、一体どういう方なのか調べてみました。

役所広司さんを知るにあたり切っても切り離せられないのが名門「無名塾」の存在です。

無名塾とは実力派俳優である仲代達矢さんが主宰する俳優養成学校です。

非常に高い人気を誇るので入塾の倍率もかなり高く、また入塾審査も厳しいので「劇団の東大」という異名を持つそうです。

噂によると倍率は約200倍だそうです…。

あの素晴らしい演技力はこの学校があったからこそだと思うと納得ですね。

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また、後に紹介する奥様との出会いも無名塾だそうで、そちらの方も気になります。

俳優になってからの役所広司さんの特筆すべき活躍は1996年に『Shall we ダンス?』など主演作品が大ヒットし、その年の主演男優賞を総ざらいにしてしまった事でしょう!

また役所さんは1996年~2002年まで7年間連続で日本アカデミー賞の優秀主演男優賞を受賞しています。

最近では2017年に公開された映画「関ケ原」でいくつかの助演男優賞に輝いています。

役所さんなくして日本の映画界は語れないとはまさにその通りですね。

カメレオン俳優という言葉がなかった時代のカメレオン俳優だったのかもしれません。

 

役所広司の嫁は河津左衛子

さて、そんな役所広司さんの嫁さんとは一体どのような方なのでしょうか。

奥様は元女優の河津左衛子(こうづ さえこ)さんというのは有名ですが、あまり画像が出回っておらず、唯一見つけたのがこちらになります。

小さくて分かりづらいのですが、とてもきれいな方ですね。

お二人は1982年にご結婚され、河津さんは役所さんより5歳年上の奥様だそうです。

1983年放送の『ハウス ザ カリー』のCMでお二人は共演されていますが、ご夫婦での共演はこれだけです。

1988年公開映画『西遊記』を最後に女優業は引退されたそうですが、現在は夫婦で設立した個人事務所の社長のようです。

家庭を支えつつ、また夫である役所さんのマネジメントやスケジュールを取り仕切っていて、敏腕社長と呼ばれているみたいです。

「役所広司 手紙」の画像検索結果

’09年に『万年筆ベストコーディネイト賞』を受賞した際、役所は大切な人へ贈るありがとうのメッセージとして、左衛子夫人に『君がいてくれたから、今の僕があります』と照れながらも愛情たっぷりに読み上げました。

今でも、その信頼は揺るぎないものです。

聞いてるこっちも赤面してしまいそうな、なんとも仲睦まじいご夫婦ですね。

人生のパートナー、そして仕事のパートナーとして二人は力を合わせて歩んできたのだろうと想像に難くない素敵なエピソードです。

 

馴れ初め

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お二人の出会いは、先ほどお話しした「無名塾」です。

河津さんの方が先輩で、塾生が公募される前から入塾していました。

そして二期生として役所さんが入塾したという形になります。

実はこの無名塾、規則がかなり厳しくて、恋愛は禁止だったそうです。

ロミオとジュリエット効果という言葉がありますが、禁じられた恋ほど燃え上がると言いますし、この辺りのことをもっと知りたいと思ってしまいます。

「無名塾」では、修業期間である3年間は恋愛禁止といわれているため、交際が始まったのは役所さんが入所してから3年後なのではという見方もあるようです。

ただ、役所さんが入塾したのが1978年、ご結婚が1982年なので、3年後となると1981年になり、少しスピード結婚かなと思います。

個人的には禁止期間から恋愛してたのではないかと思いますが、真相は分かりません。

しかし特に大きな問題もなく結婚生活を送られているみたいなので、これからも仲良く過ごしていてほしいと思います。

 

息子は橋本一郎

さて、そんなお二人の間には息子さんがいます。

その息子こそ俳優の橋本一郎さんなのですが、どういう人物なのでしょうか?

「橋本一郎」の画像検索結果

役所広司さんの本名は橋本広司さんです。

役所姓は芸名なのですね。

橋本一郎さんは少なくとも苗字は本名だということが分かります。

橋本さんは父親が役所広司だということを伏せてオーディションに参加し、見事合格したという経歴があり、やはり名門「無名塾」出身のお二人の血が流れていると感じます。

2007年に「俺は、君のためにこそ死ににいく」で俳優デビューを果たした一郎さんですが、その作品ではセリフのある役ではなかったようです。

しかし、監督からの信頼は厚いようで、2009年公開『劔岳 点の記』を撮影中にかつて柔道で痛めた膝の古傷が悪化。

木村大作監督が仲村トオルらに諮ったところ、「検査の結果で決めよう」ということになり、帰京して検査を受けた結果、「これ以上の撮影続行は無理」と診断された。(のちに入院・手術)

しかし、彼をこのまま撮影隊から離脱させるのは忍びないとの監督の計らいに加え、撮影方法が順撮りだったこともあり、橋本が演じる吉田清三郎が膝の古傷の痛みに苦しみながら叫び、小島烏水らが彼を下山させる相談をするシーンが急遽挿入された。

「劔岳 点の記」の画像検索結果

今はまだ無名の俳優かもしれませんが、監督からの信頼が厚く、また演技力も抜群という情報や最近では「コウノドリ」に出演したということから、今後ますます人気俳優としての道を駆け抜けていくと思われます。

 

ラプラスの魔女に出演

そんな橋本一郎さんですが、映画「ラプラスの魔女」に出演されています。

ただ、調べても役名が出てこず、Twitter等のSNSでも調べてみましたが、どうやら役名のない従業員役ではないか?との情報しかありませんでした。

とはいえ人気映画に出演されていることからテレビ出演で名前が知られることは無駄ではないと思います。

さらに2019年春公開予定映画「ある町の高い煙突」という作品での撮影も現在行われているらしく、順調に出演作を増やしていっていると思います。

将来、主演を果たし親子で主演男優賞を受賞する…なんてことがあれば良いのになと思いました。

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