干場義雅が嫁と結婚!大学はどこ?年収や実家について!

今回はファッションディレクター・干場義雅(ほしば よしまさ)さんについてみていきましょう。

干場義雅の嫁は?

雑誌『MA-1』『モノ・マガジン』『エスクァイア日本版』など、数々の雑誌の編集者を経てファッション誌『LEON』の創刊に参画した干場義雅さん。

渋くてとってもかっこ良いですよね!

「モテるオヤジ」「ちょい不良(ワル)」など一大ブームを作った方で、ヒットの裏に必ず干場あり”と言われているクリエイティブディレクターです。

テレビ、ラジオ、イベント等への出演、自身のブランド「PELLE MORBIDA」「WH」でクリエイティブディレクターを務めるなど多方面で活躍中な干場義雅さんですが、結婚しているとの情報があります。

気になるそのお相手を調べてみました!

 

結婚したのは20年前!

干場義雅さんは20年ほど前に結婚し、現在16歳の娘さんがいることを明かしています。

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僕は出張が多いのですが、娘にお土産はなにがいい?と聞くと、「パパが元気で帰ってきてくれればいい」と手紙をくれました。

思わず飛行機で泣いていましたね。

とっても素敵なエピソードですね!

残念ながら結婚した奥さんや子供の写真は公開されていませんが、干場義雅さんに似て整った顔立ちをしているのでしょう。

20年もの夫婦生活を過ごしていく中で、夫婦円満の秘訣は「常に感謝の気持ちをさりげなく伝えることが大切ですね。」と語る干場義雅さん。

できる男はプライベートも上手にこなせるんですね!

 

大学はどこ?

干場義雅さんは意外にも大学に進学していません。

最終学歴は高卒ということになりますが、大学を出ていなくても、飛ぶ鳥を落とす勢いで大活躍している人たちは何人もいますよね。

「本当は大学に行きたかったんですよ。

でも、大学に行くからといって、親から20校分の受験料をもらったのはいいんですが、それを全部洋服に使ってしまったんですよ。

だいたい1校3万円ぐらいだったと思います。

それが20校ですから60万円分の洋服を買ったことになりますね。

それでは大学に入れるわけないですよ。」

あっけらかんと話す干場義雅さんですが、親はたまったもんじゃないですよね(笑)

全部落ちたことにするしかなさそうです・・・

週5日、ビームスでアルバイトをしていました。

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洋服に興味があって入れていただいたので、基本的に毎日楽しかったです。

でも、現実を知っていくと確かに厳しいこともありました。

平日ビームスのアルバイトで週5日間働いて14万くらい稼いで、たまに土日の2日間うちの1日は読者モデルのアルバイト、という生活をしばらく続けました。

それがわたしの18~20歳までの人生です。

それが現在はファッションディレクターとして世界を飛び回る生活をしているのですから、相当な努力をされたのでしょうね!

 

年収や実家について!

干場義雅さんの実家は東京都駒込で、ずっとそこで商売をやっていたとか。

おじいちゃんも、ひいおじいちゃんもテーラーでした。

父は3代目を継いだんですが、父は次男だったんです。

長男のお兄さんがジゴロでした。その伯父さんは全然働かないんですよ。

ずっーと一生職もなく、女の人に喰わせてもらっていましたね。

なかなか常識とはずれている家庭で育ったのですね。

しかし、父親がテーラーだと嬉しい特典もあるのだとか。

幼稚園の卒園式のときも、小学校の入学式や卒業式でも、いちばんいい生地でダブルのブレザーを作ってもらいました。

ホントにクソ生意気な小学生だったんですよね。

そういうこともあって、だんだん洋服が好きになっていくんですが、父が作るものは、純英国式というか、非常に堅苦しいスーツばかりだったので、成長するにつれて「なんかちょっと違うなぁ」という感覚がありました。

そしてワールドフォトプレス社の『MA-1』と『モノ・マガジン』に運よくもぐりこみ、編集の下働きをしながら着々と地位を確立して現在にいたります。

敏腕編集者の干場義雅さんは、年収1000万プレーヤーでは?と言われています。

一般的にファッションの世界は賃金が低いことで有名ですが、編集者はマスコミの世界になるのでまた違ってくるといいます。

ファッション業界となると、「ファッション業界 職種別平均年収2017年版」によると、「店舗管理」(386万円)「プレス・販促」(30歳〜34歳が454万円、35歳〜39歳が520万円)くらいの年収になります。

編集者の世は、だいたい250万円~700万円と人によってだいぶ異なるようです。

平均は400万円から500万円の間くらいです。

干場義雅さんのように才能ある編集者であれば、年収1000万円を超えてきます。

自分が発案した企画が通り、雑誌にして売れ行きがよければ、その分評価されます。

しかし、年収1000万円クラスの編集者などそうそういませんし、干場義雅さんは極めて少数の成功者といえます。

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