小椋佳の嫁は神田桂穂里?息子が病気で脳梗塞?嫁の亜矢子?

今回は、シンガーソングライターの小椋佳さんについて調べてみました。

小椋佳の嫁は神田桂穂里?

嫁さんのお名前は神田桂穂里さん。旧姓は塚原というらしいです。
嫁の神田桂穂里さんとの出会いは学生時代。学生といっても小学生の頃だったらしいです。

交際が始まったのは、小椋佳さんが東京大学法学部に通われてからだそうです。

小学校からの初恋の人なんですよ。東大生のとき交際。彼女に別れを告げられて数年後再会し結婚したんです。

なんと桂穂里さんは初恋の人だったんですね。
ずっと桂穂里さんを想い続け、お付き合いするまでにかなり努力されたみたいです。

小椋さんは小学校時代は勉強の成績は良くなかったらしいのですが、嫁の桂穂里さんは優等生で桂穂里さんの成績に追いつくように必死に勉強されたそうです。

そして東大に入ってしまう…凄すぎますね。

 

馴れ初めは?

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嫁さんとの馴れ初めですがは、実は学生時代に一度破局してしまったそうです。
いつかは不明ですが、福島で再開され交際が再スタートしたみたいです。

1967年に東京大学を卒業し、日本勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。
翌年の1968年にご結婚されています。

銀行員時代の小椋佳さん、写真だけで真面目で優秀な方というのが伝わってきますね。
ちなみに小椋さんの本名は、写真にあるように「神田紘爾(かんだこうじ)」といいます。

小椋桂という芸名は、福島に住んでいた時の下宿先の大家さんが小椋という苗字でそこから頂いたそうです。名前の「桂」は、嫁の穂里さんから取ったそうです。

素敵な曲を作られる方は、恋愛などのエピソードもドラマチックで素敵ですね。
嫁の桂穂里さんとの馴れ初めだけでも一曲作れそうな気がします。

 

画像はある?

嫁の桂穂里さんはメディアには出ておらず、詳細は不明です。
お名前を検索しても画像は出て来ませんでしたが…。

必死に探したところ、朝の番組で紹介された一枚の画像を見つけました。

こちらの写真の女性が嫁の桂穂里さんだと思われます。
お綺麗な方ですね。優等生だったそうで、正に才色兼備ですね。

この写真は小椋佳さんが出演された朝の番組で、小椋さんが作曲する様子を紹介された時のもの。
自宅ということですしエプロン姿なので、多分嫁さんで間違いないと思われます。

 

「シクラメンのかほり」は嫁のこと?

小椋佳さんが作られた名曲「シクラメンのかほり」は嫁の桂穂里さんのことではないかといわれています。

1975年の「シクラメンのかほり」(歌:布施明)は第17回日本レコード大賞などを受賞した。

この歌は小椋佳さんが妻(=佳穂里さん)に捧げた愛の讃歌だと言われています。

シクラメンのかほり(=佳穂里)

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小椋さんは、佳穂里さんに別れを告げられたけれど忘れられず、かほり、彼女の好きだった薄紫などの言葉を残したといわれてました

嫁さんとの馴れ初めで一曲作れそうだと思いましたが、本当に作られていたんですね。
しかも名曲の「シクラメンのかほり」。

嫁さんの名前にちなんだものが名曲でかつ代表曲になるなんて素敵ですね。
小椋佳さんは本当に桂穂里さんを一途に愛されている愛妻家だということがわかりました。

 

息子が病気で脳梗塞?

小椋佳さんには、息子さんがお二人いらっしゃいます。
1969年に長男・知秀さんが誕生。1973年に次男・宏司さんが誕生 されています。

長男・神田知秀は小椋のマネジメント会社である株式会社ゴッド・フィールド・エンタープライズの代表取締役である。次男・神田宏司は、国内でも数少ない琵琶製作者である

息子さん二人とも立派になられているんですね。

次男の宏司さんは、今では数少ない「琵琶の製作師」だそうです。

最近、若手の琵琶奏者が増えてきています。しかし「琵琶の製作師」が二人しかいないとか。以前は「石田琵琶店」のみだったのですが、そこで修行され、独立したのが、なんと「小椋佳」師の次男「神田宏司」さん。

次男の「宏司」さんは、中学生の時に「若年性脳梗塞」で倒れ、全身不随になり、リハビリで少しは体が動くようになりましたが、学校も辞めて、悶々とした青春時代を過ごします。

父の「小椋佳」が50歳の時、「一緒に琵琶を習わないか」と勧められ、「山下晴風」師に入門。そして琵琶の製作にも興味を示し、「石田琵琶店」で9年間修行を積んだとか。

宏司さんが琵琶の製作者になられた経緯は、ご病気で体が不自由になり気分が落ち込んでいた時に何か打ち込めるものをと小椋さんと一緒に琵琶を習ったことからなんですね。

宏司さんを検索すると脳梗塞と出るのですが、中学生の時に若年性脳梗塞を発症されたんですね。

14歳で若年性脳梗塞になり、植物人間になりかけた。医師からは「治る見込みはない」と告げられた。当時43歳で、銀行員だった小椋さんは仕事が終わると毎日病室を訪れたが、回復の兆しは見えない。

「ところがある日、彼の耳元で『あなたが美しいのは』という曲を口ずさんでみたら、息子が一緒に歌い始めたのです」。記憶も言語も失ったはずの息子が、今、自分と一緒に言葉を発し、メロディーを追いかけている。奇跡としか言いようがなかった。息子の命が生きようとしている……。涙がとめどなく溢(あふ)れた。

小椋佳さんは、毎日病室に訪れて体の動かない宏司さんの耳元で歌を歌ってあげたんですね。

そして、奇跡的に回復していった。
ほぼ植物人間状態になってしまったところから回復をみせるなんて音楽の力って凄いですね。

 

嫁の亜矢子って誰?

宏司さんの嫁さんは、琵琶奏者の第一人者である神田亜矢子さん。
1977年2月16日生まれの現在
41歳

東京音楽大学出身で小椋さんのコンサートでも琵琶の演奏を披露されています。

小椋佳さんは現在も琵琶の演奏を続けられていて、その琵琶は息子の宏司さんが作られたものだそうです。

初めて作った琵琶を小椋さんにプレゼント。宏司さんは、「やっと完成した琵琶を贈ったときの父のうれしそうな顔を見たら、それまでの苦労が吹き飛びました」と最初に琵琶をプレゼントしたときのことを振り返る。

息子さんが苦労して作られた琵琶をプレゼントされた時、小椋さんは琵琶を息子さんと一緒に習おうと切り出して本当に良かったと思ったに違いありませんね。

小椋佳さんの素晴らしい音楽は、これから琵琶と共にどんどん生み出されるかもしれませんね。

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