貴乃花の嫁はアナウンサーで年の差は?宮沢りえとの会見と破局理由!

今回は元大相撲力士・第65代横綱の貴乃花についてみていきましょう。

貴乃花の嫁は花田景子

現役時代は「平成の大横綱」と称され、輝かしい成績をおさめた貴乃花。

引退会見で連発した「非常にすがすがしい気持ち」、「心の底から納得しております」は一時流行語にもなったほどの人気力士でしたが、その嫁・花田景子(旧姓:河野景子さんに注目が集まっています。

 

元フジテレビアナウンサー・景子夫人

景子夫人は宮崎県出身で上智大学外国語学部フランス語学科卒業しており、アメリカ合衆国に1年間留学した経験があるエリートです。
その美貌で大学時代はミスキャンパスや、読者モデルも経験していました。

景子夫人は1988年にフジテレビに入社しました。
ニュース番組『FNNモーニングコール』でキャスターを担当し、同期の女性アナウンサーである有賀さつき、八木亜希子とともに「花の三人娘」と呼ばれていましたが、1994年3月をもって退社します。

フジテレビ退社翌年の1995年、貴乃花(本名: 花田光司)と婚約を発表しました。また、この時すでに妊娠6か月のできちゃった結婚だったことにより世間を驚かせます。

スポンサードリンク

現在は貴乃花が現役を引退して親方に就任したことに伴い、相撲部屋「貴乃花部屋」の女将となりました(なお、貴乃花部屋で同居はしていない)。

 

年の差は?

1964年11月12日生まれの景子夫人。貴乃花は1972年8月12日生まれですからその差は8歳ということになりますね。

結婚当初はまだ23歳だった貴乃花ですから、すでに30を超えていた景子夫人ができちゃった結婚などはしたない、年下の男に手を出したなど批判的な声も多くありました。

しかし姉さん女房、女将としてしっかり貴乃花を支えていますし、本人たちが幸せなら周りには関係ない話ですね!

 

子供は?

貴乃花の子供たちの中でもっとも注目されているのがイケメン息子と評判の長男・花田優一さん。
イタリアに単身で渡り、完全オーダーメイドの靴を作る職人になりました。

自分の力で職人になるなんてすごいですね!高級靴を制作する姿も職人の顔そのものといえます。
ちなみに2017年10月に一般女性と結婚を発表しています。

長男のほかに二人の娘もいますが、まだ学生なので詳細な情報はありません。
長男が相撲の道に進むことがなかったため、子供たちは全員角界に関係ない世界で生きていることになりますね。

 

離婚危機なの?

一部では離婚の可能性や不仲説などささやかれていますが、現在も夫婦二人三脚で相撲部屋を切り盛りしているようです。

子供たちも大きくなり、教育がひと段落している現在、景子夫人は講演会なども積極的にこなしているようです。

現在では「シコアサロン」という日本の文化を見直しながら、美しさと健康を学ぶサロンも主宰しているなど活躍の場を広げいています。

 

姑・藤田紀子との確執

貴乃花の母といえばタレントとしても活躍している藤田紀子さんですね。

最近花田家で話題になったのは貴乃花の“マフィアルック”ファッション。
それに対し「私が女房だったら、あの格好をやめなさいと…」とぶっちゃけた藤田さんの発言は、明らかに景子夫人への宣戦布告だとささやかれています。

フジテレビ系お昼の生情報番組「バイキング」でゲスト出演して放ったひと言がこれだ。
「私が女房だったらすぐ電話して“ちょっとあなた、あの格好をやめなさい。みっともないわよ”(と注意する)」

あるテレビ局関係者は「これは、とても興味深いですね。藤田さんから景子夫人への宣戦布告と捉えている人は少なくない。この発言でいみじくも藤田さんと景子夫人の“嫁姑問題”が、バッチリ発覚してしまいましたね」と目を輝かせながら話した。

スポンサードリンク

もともと藤田さんはセクシー系の女優であり、景子夫人は上智大学出身というインテリ美女の女子アナでまったくタイプが違い、結婚当初から犬猿の仲のようです。

関係者も次のように語っています。

「貴乃花と景子夫人が1995年に結婚した当初から、藤田と景子夫人は犬猿の仲でしたからね。それもそのはずですよね。ヌードを披露したこともあるセクシー系の女優と、アメリカへの留学経験もある知性派女子アナですからね。こんな2人じゃハナから“水と油”。全く合うはずがありませんよ」

普通の家庭でも嫁姑問題はあるのに、厳しい角界ではすさまじいバトルになりそうですね。

「貴乃花の父親、初代貴ノ花が2005年に亡くなる数年前、藤田に18歳年下の青年医師との“不倫疑惑”が浮上し、その後、2人が離婚するに至った様子を貴乃花親方は間近で見るハメになった。同じころに父親が口腔底がんを患い、体調を崩していったつらい場面も見守っていた貴乃花は、母の藤田に激しい憤りを覚え、決別したとされています。こんなドロドロした背景もあり、貴乃花は母より景子夫人を選んだと言われているのは、有名な話ですよ」(芸能事情通)

藤田さんは実の息子である貴乃花と12年間会っていないことをテレビで明かしています。
両親の離婚、父の死に打ちのめされた貴乃花親方を支えた景子夫人に貴乃花は感謝しているといいます。

一度溝ができてしまった親子関係はなかなか修復できないでしょうね・・・

 

宮沢りえとの会見と破局理由!

貴乃花といえば1992年11月に女優・宮沢りえと婚約発表したのが大きな話題となりました。
当時の宮沢さんはまだ19歳で、ドラマや映画に引っ張りだこの、まさにこれからという時期でした。

まさかの発表にファンの悲鳴と世間の驚きたるや凄まじいものがありました。
2人はにこやかに幸せそうなツーショットを披露しており、世間とのギャップを感じる会見でした。

2人の馴れ初めはというと、

馴れ初めかどうかは分かりませんが、その時に見たものの中で、若花田&貴花田(当時)と、宮沢りえが、3人で船の上で食事したり、船から海に飛び込んで泳いだりしているものがありました。

「りえちゃん」「こうちゃん」とふざけて呼び合い笑っているふたりの前で「何これー!ドッキリ?俺は?立場ねえ!」と満面の笑みで言っていた若花田が印象的です。

あれが出会いだったのか、それとも交際宣言後で大っぴらに出きるのでテレビでも共演してラブラブを見せてくれていたのかは、全く覚えていませんが、3人がとても仲良かったイメージがあります。

どうやら馴れ初めは不明のようです。
しかし当時の様子から仲睦まじい関係だったことが伝わってきますね。

しかしそれから2カ月後、永遠を約束したはずの2人がまさかの婚約破棄を発表。貴乃花が史上最年少大関となった同日に「連絡もとってないし、会ってもいない」「(彼女への)愛情がなくなりました」と語り、宮沢さんもその2日後、破局会見を開き、「残念です」と破談を認めました。

本人たちが多くを語らなかったため、様々な憶測が飛び交いましたが、破局理由は分からないまま終わりました。

その騒動から22年が過ぎた2014年。意外な人物から真相が語られ、話題を呼びました。

「頼まれてぶっ壊したのよ、私が」とテレビ番組で口にしたのは、誰あろう芸能界のご意見番・美川憲一
当時、親交のあったりえの母から娘が結婚を考え直すように、説得を頼まれたらしいのです。
りえのプロデューサーも務めていた母としては、おかみさんになられては娘を大女優にするという夢が絶たれてしまうと感じたのでしょう。
美川はそんなりえママの気持ちを汲み取り、りえを電話で説得。りえは、電話口の向こうで泣いていたといいます。
破局が決まった後、一度だけ、りえは貴乃花に会っています。「強い横綱になってください」。そう最後に伝えたらしいです。その言葉通りに貴乃花は平成の大横綱となり、一方のりえは大女優に。

なるほど。あの騒動の裏にはそんなことがあったのですね。

会見前に誰も止められなかったのかという疑問もありますが、愛する2人の勢いに周囲も一度は認めたのかもしれませんね。

結果的に2人にとって良い選択になったようでよかったです。

 

この辺で貴乃花の紹介は終わりです。

スポンサードリンク

Be the first to comment

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)