葛西紀明の嫁の張磨怜奈は元ホステスだった?妹や母についても。

現役生活20年以上!45歳でスキージャンプ日本代表として8回目の平昌オリンピックに出場されてる葛西紀明さんのお嫁さんやご家庭の事情を調べてみました。

葛西紀明さんの嫁は元ホステスで綺麗で評判だったとかいうウワサがありますがその真相は?
また母親の放火死の噂と妹さんの病死のことなどの悲しい家族の過去を持つ葛西紀明さんはどんな人柄なのでしょうか。

葛西紀明とは?

40代のアスリートであり、現役オリンピアンとして活躍され今回の平昌オリンピックを含めると連続8回の五輪出場者としてまさにレジェンドの呼び名にふさわしい人物です。

葛西紀明選手は10歳からジャンプを始めていらっしゃいます。
ジュニア大会の時から優勝を数多く飾っているようです。幼い頃から天才ジャンパーだったようです!

「16歳6ヶ月」で当時史上最年少でワールドカップに初出場。
翌年の1月には、国際大会で初優勝!

「16歳8ヶ月」の1989年ノルディックスキー世界選手権に日本男子最年少出場して、この当時から天性のジャンパーとして有名になり頭角を現して来ていました。


父親の葛西利紀氏は、病気がちなどで働けない日が続き、大黒柱としての役割を全う出来ないと、中学生の頃から長期間行方不明となり葛西さんが成人してからも行方不明状態のままだったとのことでほぼ母子家庭だったそうです。

つまり母親の幸子さんが女手一つで働き一家を支えていました。
葛西紀明さんには、お姉さまの紀子さん(現在は姪っ子にあたる娘さん翔子さんがいます)と、久美子さんという妹さんもいらっしゃり3人きょうだいの真ん中で育ちます。

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そんな事情があって葛西選手の実家は、中学時代の頃から、ご近所からお米を恵んでもらったり、借金しなければ生活できない生活苦な状態だったそうです。

ちなみに疎遠だった父親とは、母親の幸子さんが死去した事をきっかけに、葛西さんやお姉さんと連絡を取り合うようになり、今現在は一緒に暮らしているとのこと。

 

嫁の張磨怜奈とは?

葛西紀明さんは2014年に一般人女性の張磨怜奈さんとご結婚されました。
張磨怜奈(はりま れいな)さんの年齢は葛西紀明さんの13歳年下ということでかなりの年の差婚ですね。

嫁さんの画像はどうやら無いようで、お顔は非公開のようです。
ただ上の画像から美人だということはわかりますよね!

 

元ホステスだった?

奥さんの張磨怜奈さんが元ホステス?
こんな言葉がネット上ではかなり話題になっているみたいです。

果たしてホステスだったのでしょうか?
あくまでも噂レベルなので甚だ疑問ではありますが。。。

葛西さんが奥さんのことをあだ名で「レイチェル」「レーチェ」と呼んでいたということなので、外国風のこの呼び方がなんとなく夜のお仕事をしていた感、ホステスを連想させたのではないかと推理されて憶測や噂が広まった感じのようですが、いろいろと検索してみたところ、結果的には奥さんの職業はホステスではなかったようです。

お嫁さんの張磨怜奈さんはタイ古式マッサージ師としてのマッサージの資格を持っているようですので、葛西さんに対しては、疲れた体をほぐしてあげたりして労っているんでしょうと想像いたしました。

 

結婚と子供の誕生

そもそも葛西さんと怜奈さん何処で知り合ったのかは不明ですが、同じ北海道出身だそうです。
かねてからお付き合いをしていたそうです。

葛西紀明選手はソチオリンピックの最中に国際電話でプロポーズ。

「お前しかいない、結婚しよう」

この突然のプロポーズにはさすがの怜奈さんも泣きながら喜んだことでしょう。

銀メダルを獲得した直後の2014年2月22日にご結婚されました。
後の4月に結婚報告を突然したことで話題になりました。

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そして葛西紀明さんと嫁のレイチェルさんの間には、2016年1月30日に子供(長女)が誕生。
名前は璃乃(りの)ちゃんというそうですよ!

そして長女の誕生の翌日にはギネスの表彰式でファンに報告し、観客からも祝福されました。
以下のギネス記録を2つ更新。

1.FISスキージャンプ
ワールドカップ個人最多出場

2.FISノルディックスキー世界選手権
ジャンプ部門最多出場

さらに、すでに今まで所持していた
「W杯最年長表彰台」「W杯最多出場」「世界選手権最多出場」の
ギネス記録をあわせて5つものギネス記録を持ったことになるため、
最高の日だと語っています。

娘さんが誕生されたことで葛西さんにもパワーが生まれたことでしょう。
今後も家族のために頑張ってほしいですね!

 

母親の死と向き合う

葛西さんの母親について調べてみると、「葛西紀明 母 放火」「葛西紀明 母 犯人」とヒットします。
実は葛西紀明さんのお母様は1997年、日本で開催された冬季長野オリンピックの前年に亡くなっているのです。

亡くなった理由は放火での事故死ではなく、放火が原因で酷い火傷を負ってしまい重傷となりました。
放火の犯人は、葛西紀明さんの母親が当時お付き合いしていた男性だと後日わかりました。

放火で体の70%にやけどを負った幸子さんは皮膚移植を繰り返したものの命を落としてしまったのです。

そんな葛西さんの家族の悲しい過去はこれだけではなく、実の妹・久美子さんが16歳の時から血液の難病と闘っていたのです。

 

妹の闘病生活

彼は両親と姉と妹の3人きょうだいでした。
真ん中に挟まれた長男である葛西さんにとって可愛い妹さんが難病で亡くなっています。

2016年1月20日葛西選手が、闘病中だった妹・前川久美子さんが13日に38歳で亡くなったことをご自身のブログで報告されています。

「まだシーズンまっただ中なので悲しみを引きずってはいられません」

と、試合連戦中だった遠征中で看取ることが出来ないまま、試合を全うされたそうです。

妹は16歳の時に再生不良性貧血という血液の難病に掛かり、
余命5年と言われましたが、その後 臍帯血移植という移植手術をして元気になりました。
その後は肺炎や副作用や合併症を繰り返し、入退院を何度もしながら闘病生活を送ってました。
いつも痛みに耐えながらの辛い日々だったと思います。

昨年の5月終わりに意識を無くして8ヶ月間が経ち、一度も意識を戻す事なく母親の元へ旅立ってしまいました。

僕は妹の為にフライング世界選手権でなんとか頑張り5位入賞し、大会が終わって直ぐに帰国しました。
僕の為に葬儀を5日も遅らせてくれました。
妹の旦那さんと僕の家族(父、姉)には今までずーっと妹の面倒を見てくれていたので、感謝の言葉しかないです。
本当にありがとう。

一時期は回復をされ2003年には結婚をされたとのことで、悲しみはより一層深いものかと推察いたします。
亡くなった知らせを聞いたのは、オーストリアだったようで、この時の試合結果は200メートルジャンプで5位入賞を果たします。

 

オリンピックでの成績

オリンピックでの成績なのですが、意外にも、一度も金メダルを獲得できていません。

冬季オリンピックになるといつも取り上げられている葛西紀明選手なので、金メダルは無いにしても、好成績を残しているのかと思いきや、なかなかの苦戦ぶりが伺えます。

1992年 アルベールビル、ノーマルヒル個人31位、ラージヒル個人26位
1994年 リレハンメル、ノーマルヒル個人5位、、ラージヒル個人14位
2014年 ソチ、ノーマルヒル個人8位、ラージヒル個人銀メダル

長野、ソルトレイクシティ、トリノ、バンクーバーとあまり成績はよろしくないです。
1998年の長野五輪ジャンプ団体戦の時は団体のチームから外れて競技場で応援していたこともある。

今年のピョンチャンオリンピックはK点越えすらできない日々が続き、大苦戦で終わっております。
奥さんの怜奈さんと娘の璃乃ちゃんも観戦に来ていたのにすごく残念な結果となってしまいました。

まだまだ次のオリンピックに掛けているそうです!今後も頑張っていただきたいですね!

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