千代の国が結婚した嫁のブログが話題?彼女の愛?実家は寺って本当?

今回は大相撲力士・千代の国についてみていきましょう。

千代の国が結婚した嫁・愛

2011年の7月場所で20歳という若さで新十両に昇進し、2012年の7月場所で十両優勝を果たした角界のイケメン、千代の国。2017年に結婚したお嫁さんもとっても美人と評判のようです。

力士のお嫁さんって美人が多いですよね!
千代の国も相撲界ではかなりのイケメンで有名なので、美男美女カップルということですね!

そんなお嫁さんがいったいどんな方が気になりますね。
2人は2017年4月に結婚していて、まだ新婚ほやほやの夫婦です。

美人妻の名前は愛さんで、もともとは大阪府堺市出身で、千代の国と同い年ということです。
航空会社に勤務していたということなので、もしかしたらCAかもしれませんね!

2人の馴れ初めは2010年に知人の食事会で出会ったと話をされているようですが、まぁ合コンということですね。
CAなら力士と出会うこともできる・・・のかもしれませんね。
ただ出会った時は2人とも19歳なので愛さんは学生だった可能性もありますね。

そこで意気投合した2人は、2010年の春場所が終わったあとに千代の国から愛さんに告白をし、交際がスタート。
周りにも彼女の愛です、と紹介していたそうで公認の仲だったようですね。

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当時は愛さんは地元大阪で働いていた為、大阪と東京との間の遠距離恋愛で色々つらいこともあったようです。

その後、結婚も視野に入れて付き合っていた2人は2014年に愛さんを東京に呼び、同棲生活を始めます。
千代の国は家賃を全額払っていたとのこと。さすが力士ですね!
しかも間取りは3LDK!東京で3LDKを払ってあげる事ができるのが力士の報酬の高さがうかがえますね。

しかし晴れて愛さんと一緒に暮らし始めた矢先、2014年に「右踵骨折」「両膝半月板損傷」など怪我が続き、翌九州場所で十両から幕下へ番付が下がってしまいます。

番付が下がれば当然もらえる金額も変わってきますので、3LDKからワンルームに引っ越す事になりました。
その際千代の国は「一刻も早く戻って(十両に)お返ししなきゃ」と思ったとの事なので千代の国の男前な部分を感じますね!

その後は怪我のせいで、テーピングをするのに1時間かかったり、リハビリをしながら稽古をしていたりとかなり大変だったようです。

しかも追い打ちをかけるように、千代の国の相撲を誰よりも愛していた父親が亡くなってしまい、精神的にも追い詰められた時期もあったようです 。

しかし亡くなった父親や家族、当時の彼女である愛さんの支えがあり、2016年には十両へ復帰を果たします。

そして翌年の2017年に1月にプロポーズをし、2017年4月25日で墨田区の区役所に婚姻届を提出したようです!
角界一のイケメンと言われている千代の国が結婚を発表した事で世間を騒つかせました。

千代の国がプロポーズしたのは2017年1月の初場所後で、千代の国としては結婚するのは「三役に上がってから」と思っていました。

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ですが愛さんから「私も三役に上がる協力ができれば、力を合わせて」と言ってくれたので千代の国は結婚を決意したとのこと。

まさに夫婦二人三脚で頑張っていく決意ができていたのですね!素敵な話です。

ちなみに愛さんは、怪我や成績が振るわなかった時期に苦しんでいた千代の国を少しでも支えたいと思い、

  • 調理師免許
  • アスリートボディイケア・セルフトレーナー

などなどの資格を取得していました。献身的で素敵な方ですね!

 

嫁のブログが話題?

愛さんは結婚する前に千代の国とのラブラブブログを書いていたことが判明しました。

相撲ダーリンとラブラブログ」というタイトルでブログを書いていたみたいです。
かわいらしいですね。

残念ながら現在は「相撲ダーリンとラブラブログ」は閉鎖されてしまったのですが、一部記事を紹介します。

「仲良くなった次の日、としくんの取り組みがあったのでアイスクリームの箱を抱えながら応援した
まだ幕下だった頃なので、観客も少なかったな(笑)

その時にとしくんが勝ったのをみて、いとこと拍手した~
その頃は好きとかじゃなくて仲良くなったから「親近感」がすごくあっただけでした」

「念願の関取になって、私と私の母は大喜びしました
感動して涙が出たよ(笑)

お母さんも、「おめでと~おめでと~」って何度も私と握手(笑)
今でも毎場所、毎日お母さんとお父さんはいっしょに応援してくれます
としくんも『周りの事は気にしなくていいから!大丈夫だから」
と言って、きつくあたる私に我慢してくれていました」

「大阪場所、最後の日にリッツカールトンで行われる千秋楽パーティーによんでもらった
その時は、初めてのパーティーで私はガチガチ
その時に、私の方にきて『ちゃんと食べてる?立食だから早く取らないと無くなっちゃうよ』って気にしてくれて一緒に食べ物取りに行ってくれた」

千代の国のことを「としくん」と呼んでいたんですね!
ほほえましいエピソードです。またブログ復活してほしいですね!

 

実家は寺って本当?

千代の国の実家は三重県の「橋本寺」という寺院だそうで、ファンの間では有名な話です。
幼少時から父に空手を習うなど大の格闘技好きだったようです。

4つ年上の兄・賢澄、2つ年上の姉・真裕美と千代の国は父親に厳しく育てられたこともあって、数々の大会に出場し、賞を独占して「伊賀の澤田3兄弟」と全国に名が知れ渡るほどでした。

将来は実家のあとを継いで、お坊さんになることも考えていたようですが、相撲好きの父親から「相撲で苦行を学んでくるように」と言われたため相撲の道に進むことを決意したとか。
自身もある時に父親と共に現在も所属している九重部屋に稽古を見に言った際に力士の強さに感激し、小学4年生の時に「将来は力士になる」ことを目標にしました。

ちなみに父親は千代の富士の大ファンだったとのことです。

十両から幕下に落ちた時、千代の国の父親は体調を崩していたようですが、失意の千代の国を叱咤激励し、励ましてくれたようです。

千代の国の相撲人生を支えていたのは、父親の影響が大きいのかもしれませんね。

 

この辺で千代の国の紹介は終わりです。

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