津川雅彦の嫁・朝丘雪路の現在は?父親は誰?娘の真由子を誘拐した犯人は?

今回は、津川雅彦さんついて、ご紹介したいと思います。
全国の映画ファンなら知らない人はいないです。

時代劇、連続ドラマでも活躍されて、ヒットした映画はこの方の出演のお陰だと私は思います。

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津川雅彦さんは、1940年1月2日生まれの、現在76歳、当時34歳。

日本映画の父と呼ばれる牧野省三を祖父に、父親は俳優の沢村国太郎、母親は女優のマキノ智子、兄も俳優の長門裕之と、役者の家系に生まれた津川雅彦さんは、銀幕スターの道を駆け上がり、数々の映画に出演する人気俳優でした。

サラブレッド・・・

朝丘雪路さんは、1935年7月23日生まれの、現在80歳、当時39歳。

父親は日本画家の伊東深水、母親は料亭「勝田」女将のお嬢様育ちの朝丘雪路さんは、宝塚歌劇団を経て、バラエティ番組に進出し、そのユニークなキャラで大人気となっていました。

そんな忙しい2人の生活を支えるために、自宅では住み込みのお手伝いさんが数人働いていました。

こっちも負けてない・・・絵に描いたようなお金持ち。
生まれながらにして、そういう星のもとに生まれていると言っても過言ではないですよね。

大人になってこうなるのも必然というか。
それが幸か不幸かはさておき。。

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嫁の現在は?

まず、津川さんは女優の朝丘雪路さんと結婚しています。
朝丘さんは、超お嬢様。
小銭の存在を大人になるまで知らなかったというくらいです。

それはつまり万札しか生まれてこのかた見たことがなかったということですね!
これは相当だ・・w

一般俗世間の価値観なんて持ち合わせてるわけがないし、彼女にそれを求めるのは酷というものですね。

まぁ芸能人ですし、それくらい浮世離れした人がいてちょうどいいと思います。

 

さて、この2人、夫婦仲がよろしくない?
そんな噂がちらっと出ています。

そんな津川・朝丘夫婦が離婚しているのか?ということなんですが、調べた結果、「離婚」しているのではなく「別居」しているそうです。

その原因は、津川さんが多額の借金をしていたらしく、そのことをずっと黙っていたのが原因みたいです。

そのせいで、自宅を売却し、朝丘さんと娘の真由子さんは家を出て別居生活をしているそうです。

お金の問題でしたか。
家族で生活してる中で、一人の勝手な判断が家族を露頭に迷わすことも十分にありうるということを教えてくれるエピソード。

個人的には浮気よりも貯金を切り崩すことや借金など家にお金を入れないということの方が罪深いと感じてしまいます(; ・`д・´)

家を売却するレベルとは借金は数千万円ということでしょう・・恐ろしいw

 

しかし、津川さんは今でも朝丘さんと連絡をとっており、朝丘さんの口からは「いつかまた3人で暮らせれば。」と語っていました。

いつかまた一緒に暮らして笑顔になれればいいですよね。

なんとも優しい一言。
こんなこと言ってくれる人はなかなかいませんよ。

これこそが、お金ではなく愛でつながっているということでしょうか。

芸能界をともに歩んできた2人だからこそわかることがあるのかもしれません。

不倫?と言われているのは津川さんが不倫したのではなく、津川さんが独身の時に結婚していたデヴィ婦人の不倫相手になっていたそうです。

・・・まったくそそられないのは私だけでしょうか?ww
まぁデヴィ婦人もこの通り、若い頃はキレイでしたから、惹かれるのはわかる気がします。

こんなにキレイだった頃のデヴィ夫人と交際していたのかは知りませんがww

お歳をめしてからも様々なテレビ番組に出演し、その天然なキャラクターで人気があった朝丘雪路さんですが、ここのところ見かけないなぁと思ったら、活動は2014年を最後に現在は休止しているとのことです。そんな朝丘雪路さんは現在はどうなっているのでしょうか?

残念ですね。。。
近況が気になるところです。

そもそも、なぜ芸能活動を休止したのか、その理由も気になるところです。

 

2014年4月9日から13日まで行われた舞台『花や…蝶や…』を最後に・・・

朝丘雪路さんは、家族とも共演した上記の舞台を最後に芸能活動を休止しました。

朝丘雪路さんは、この舞台中、いつものような笑顔はなかったと聞いております。

台詞を覚えるのも苦労し、周囲に「最後の舞台になる」と漏らしたと噂されています。

この話が本当だとすれば、とても残念な話です。

体力と気力ともに限界という空気が漂っていますよね・・。

病気という報道がありますので、今後ですが療養生活が引き続き続くものと思われます。
症状が回復し元気な姿が見れればと思います。

やはり、体調が優れないんですね。。

 

老人性うつ病にかかり要介護状態?

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朝丘雪路さんは、活動休止後、動向はつかめておりませんでしたが、先頃、老人性うつ病で、介護状態ではないかという報道がありました。

娘さんが介護に当たられているとのことです。

ちなみに旦那さんである津川雅彦さんとは、別居状態ではないかと言われています。

朝丘雪路さん本人は、症状がひどいと終日ぼーっとしてしまうこともあるらしく、娘さんの懸命の介護が続いているとのことです。

これはつらい。。

本人だけでなく、娘さんにとっても毎日生きた心地がしないのではないでしょうか。

もし私が朝丘雪路さんの立場なら、遠く海外に行って、安らかに眠らせてくれる国であの世に召されますけども・・・

自分の子供の貴重な時間を奪うことを考えると、その選択をするのがベストだと思うから。

まぁ少数派意見であることは重々承知していますがね。

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それにしても・・・

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この魅力迫力のバ〇ト・・・もう見れなくなるのかな・・・

 

バツイチの朝丘雪路さん

朝丘雪路さんは1967年青森県八戸市の内科医師と結婚し、男児が誕生していますが、1968年に離婚しています。(正式には1972年に離婚、子供は夫側が引き取る)

これはあまり知られていないことですよね!
子供を嫁側が引き取らないというのも珍しい。

離婚原因は朝丘雪路さん側にあったのでしょうか?

 

父親は誰?

朝丘雪路さんの父親は伊東深水さんで、大正・昭和期の浮世絵師、日本画家、版画家です。
歌川派浮世絵の正統を継いでいて、日本画独特のやわらかな表現の美人画が有名です。
特に本妻の好子さんをモデルにした大作を数多く発表し、評価を高めたという。

これゆえに幼少期からお金持ちなんですねー

生きているうちに評価される画家は珍しいです。
相当な高値で取引されたのでしょうね。

 

娘・由美子さんを誘拐する事件が発生!

真由子

朝丘雪路さんは、1973年に俳優の津川雅彦さんと再婚し、1974年に真由子さんが誕生しています。

しかし1974年8月15日午前3時、世田谷区の津川・朝丘さん宅の2階から真由子さん(当時、生後5ヶ月)が誘拐され身代金として200万円要求する事件がありました。

警察の指示で犯人の偽名口座に150万円振込み、各銀行に捜査員を配置し、男の身柄を確保しました。

たった150万円のお金でこれほどの大ごとを起こすととは相当なバ〇ですね・・w
たった150万円で今後生きていくことなんて不可能なのに。。

まず超有名人の娘さんをさらうのに身代金が少なすぎるでしょ・・・
普通は億単位のお金を要求すると思いますが、犯人にとっては150万円がのどから手が出るほどの金額だったのでしょう。

 

真由子さんは、犯人の家の千葉県我孫子市のアパートで午後7時15分、41時間ぶりに無事、発見され保護されました。(良かったですね)

犯人である23歳の男性は、当初、佐川満男・伊東ゆかりさん夫婦(当時)の長女を誘拐する予定だったが、住所がわからなかったので、津川夫婦の長女に変更したという。

この報道が出た時、佐川さんらは背筋が凍ったでしょうね。

てか、きっと真由子さんはこの事件のことを覚えてないでしょう。

 

津川雅彦長女誘拐事件の詳細

1974年3月18日、2人の間に長女となる子供が誕生しました。
眉毛が濃いから真由子と名付けられた娘に恵まれ、家族は幸せの絶頂にありました。

もうちょっと真剣に名づけをして欲しいところ・・・w

 

しかし、その5か月後の8月に、とてつもない悲劇が起こりました。

昭和49年8月15日午前0時、いつも夜中まで起きていることが多い津川さんでしたが、その日に限って0時には眠り込んでしまっていました。

愛娘の真由子ちゃんの世話は、看護師が住み込みで行っており、その日も数時間置きにミルクを飲ませ、寝かしつけていました。

昭和49年8月15日午前2時、津川家に男が忍び込み、真由子ちゃんを誘拐していきました。

見知らぬ人が家の中に忍び込んでくるって考えただけでも恐ろしいことですよね

 

「旦那様?」

男の後ろ姿をうろ覚えで眺めていた看護師は、津川さんが真由子ちゃんを連れて行ったのだと思い込んでしまいました。

その30分後、胸騒ぎで目を覚ました看護師は、真由子ちゃんがいなくなっていることに気づき、津川さんが真由子ちゃんを連れだしたのか確認しにいきました。

真由子ちゃんの姿は、津川さんの寝室にはありませんでした。

家中のどこを探しても真由子ちゃんの姿はなく、津川さんをはじめ全員がパニックになりました。

そして、津川さんは、戸締りしたはずの玄関のドアの鍵が開いていることに気づきます。

この時、ひどく慌てたことでしょう。

 

近くの交番に向かった津川さんはその時、裸足のまま。
夏だったため上半身には何も着ない状態のままで、自分がどんな格好かも気づかず探し回り、交番に真由子ちゃんが誘拐されたことを連絡したのでした。

すぐに、警視庁と世田谷署の合同捜査チームが結成され、犯人との闘いがはじまりました。

さすがに芸能人なことだけあって、大人数が動く大事件に発展していますね。

 

昭和49年8月15日午前4時、津川家の電話が鳴り響きました。

普段通りお手伝いさんが電話にでると、犯人からの電話だったため、警察が津川雅彦さんのふりをして電話に出ました。

犯人:「子供を預かっている。」
今、どこにいるんですか?(津川さんになりすました警察)
犯人:「そんなこといいんだ。こっちも命がけなんだから。無事だよ。子供はすぐそばにいる。警察に知らせたか?」
いやそんなことはしません。とにかく子供を返してください。(津川さんになりすました警察)
犯人:「知らせたら二度と子供に会えないと思え。」
一体どうすればいいんですか?(津川さんになりすました警察)
犯人:銀行に振り込むことは出来るか?じゃあ、今から言う口座にふりこんでくれ。

荒川区緑町4-19
ナカムラジュンイチ
第一勧業銀行 新宿支店
口座番号 1326387

いくら振り込めばいいんですか?(津川さんになりすました警察)
犯人」「500万円。明日の昼12時まで時間をやる。それまでに用意しろ。」

そういって電話は切れました。

当時の貨幣価値を現在に置き換えると相当な金額でしょう。

 

犯人との電話は約6分の長さでしたが、犯行から2時間後の午前4時と、予想以上に犯人からの身代金要求の連絡が早かったため、逆探知の準備が出来ず、何も手がかりはつかめませんでした。

犯人は身代金の受け渡しに銀行の振り込みを要求してきたのでした。

当時の昭和49年には、銀行口座は偽名で簡単に作ることができました。
今のように身分確認をして銀行口座を作るのではなく、誰の名前でも自分で勝手に名前を作って口座を作ることが出来たのでした。

つまり、犯人が伝えてきた住所も名前も本物のはずがありませんでした。

さらに、第一勧業銀行がキャッシュディスペンサーのサービスを開始したのは事件の前年の昭和48年だった。

当時は、キャッシュディスペンサーを利用して、全国のATMから現金を下した時に、どこのATMであるかを瞬時に特定するシステムはまだありませんでした。

第一勧銀の口座から引き下ろせるキャッシュディスペンサーの設置場所は、全国の支店303か所の自動支払機120台で、利用者は既に100万人を超えていました。

最新のシステムを悪用すれば、犯人は身代金をいつどこでおろすかわからないのでした。
手がかりも見つからなければ、逮捕のチャンスも見当たりませんでした。

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昭和49年8月15日早朝、警察は第一勧業銀行のシステム管理センターを訪れていました。

犯人が現金を引き下ろしたら瞬時に、どこのATMであるかが判明できるオンラインシステムのプログラム変更を打診しますが、この日の昼までに行うのは時間的に不可能でした。

しかし、犯人についてあることが判明しました。

犯人が伝えて来たナカムラジュンイチの口座を照合すると、不可解な行動が見えたのでした。

事件のおよそ1ヶ月前、犯人と思われる人物は、第一勧業銀行の新宿支店で口座を作り、この時、現金1万5千円を口座に預け、キャッシュカードを手にしていました。

しかし犯人はすぐに別の支店のキャッシュディスペンサーで現金を引き出していました。
まずは足立区の千住で5千円、その後、西新橋で5千円、八王子に移動して3千円、次は池袋で1千円と現金を数回に分けて引き出し続けてました。

「どこのキャッシュディスペンサーでも20秒で引き出せる。」

犯人は引き出すのに要する時間をテストしていたのではないか、と警察は推理しました。

ところが、犯人が引き出した金額は合計1万4千円で、千円だけ口座に残していました。

これが後に事件を大きく左右することになりました。

完全なプロではない限り、手がかりは残していくもの。
これはフィクションではないんですよねー。いやー当事者の当時の不安な気持ちったらぁないでしょう。

警察が取った方法とは?

警察は顔も、年齢も居場所もわからない犯人逮捕のために、全国の警察官500人を動員して、第一勧業銀行の全てのキャッシュディスペンサーに配備したのでした。

その時点で手がかりになるのは、ナカムラジュンイチと名前の書かれたキャッシュカードだけでした。

該当のキャッシュディスペンサーで現金が引き出されるたびに、刑事が顧客を包囲して犯人を捜すという方法しかありませんでした。

超アナログ・・

今後はAIも発達しますし、犯行を犯す前から検査される時代が来るかもしれませんね。

 

津川雅彦さんは、早速、身代金を振り込みましたが、その後、犯人から連絡はありませんでした。

払えるのがすごい・・・

 

津川雅彦さんは、次に犯人から電話がかかってきた時のためと、逆探知をするために電話を引き伸ばす問答集を警察から渡された。

津川雅彦さんは普段セリフを覚えるよりも必死になって覚え、全て暗記をしたんだそうです。

一方、極度の緊張により、朝丘さんは何度も吐き続けていました。

それが普通でしょう。

 

目の前で真由子ちゃんを連れ去られた看護師は警察から共犯を疑われていた。

犯人の侵入経路が風呂場だと判明すると、最後に風呂に入ったお手伝いさんが鍵を閉め忘れたことが判明し、彼女も共犯を疑われました。

昨日まで信じあい助け合ってきた仲間が、お互いに疑いあう事態となってしまいました。

可能性としてはありえますよね。
仕事を頼んでるとはいえ、まったく血がつながっていない赤の他人ですから。

 

身代金の受け渡し

身代金の要求があったのは、8月15日の午前4時で、犯人の言う明日の昼12時というのが、
その日15日の昼12時のことなのか、翌日の16日の昼12時なのかが分からないままでした。

約束と思われるその日の昼12時が近付いていました。

ところが、身代金要求から9時間後の午後1時になっても、犯人からは何の動きもありませんでした。

この時、犯人の言っていた明日の昼12時が、今日ではなく翌日の12時であることが判明したのでした。
この時、戦況は有利に傾いていきました。

1日時間に猶予が出来たことで、犯人がどこでお金を下したかが瞬時にわかるシステムの変更ができるのではないか。

あきらめなければ、チャンスが転がり込んでくるものです。

 

真由子ちゃんの命が最優先

警察から再び依頼を受けた銀行は、明日の朝までに完成させるべく動き始めました。

第一勧銀のキャッシュディスペンサーサービスが始まったのは僅か1年前のことで、システムの変更は異例中の異例でした。

しかも僅か1日で行うことなど不可能に近いことでしたが、幼い子の命がかかっているとシステム部が総動員で動いてくれたのでした。

これはすごい・・・
相当なお金が動いていますよ・・・

この時、日本の報道も大きく変わることとなりました。

8月15日の朝刊には、どの新聞にも誘拐報道は書かれていませんでした。
芸能界のトップスターの娘の誘拐という世紀の大スクープをどこも報じなかったのです。

実は、遡ること10年前、1963年にも子供の誘拐事件がありました。通称吉展ちゃん事件。
東京台東区で、公園に行くと言って行方不明になった4歳の男の子が誘拐され、後に遺体となって発見された事件です。

だいぶと古い事件。
もうこの親御さんは亡くなってる可能性が高いですね。
どんな感情を抱いて、最期の時を迎えたのか・・・心中お察しします。。。

吉展ちゃん事件のときは、すぐにマスコミ各社が報道してしまったのでした。
その後、日本で初めて報道協定というものが結ばれましたが、警察とマスコミは吉展ちゃんが遺体で発見されたことで、大きな後悔があったと言います。

津川雅彦さんの娘の誘拐事件の時は、子供の命を最優先させるため報道協定によりどの社も報道を自粛したのでした。

案外マスコミも良いところありますね。
今では、このようなことはおかまいなしに、「撃ってしまえ!」みたいな感じで、デリカシーがないように思いますが・・
また事情が変わったのかな?

 

親の覚悟とは・・・

身代金の受け渡しまで時間が延びたとはいえ、時間が伸びれば伸びるほど、命を失うリスクは高くなってしまいます。

かつて起きた誘拐事件では人質が無事に戻ってきたケースは多くはありませんでした。

娘の真由子ちゃんさえ戻ってくればどうでもいいという嫁、朝丘雪路さん.

一方、津川雅彦さんは、真由子ちゃんの命を最優先するあまり、警察の捜査が進んでいないのではないかと考えていました。

津川さんは、もう真由子ちゃんは亡くなったものと覚悟しようと、親の覚悟とはそういうものだろうと考えたのでした。

そして、津川雅彦さんは警察にこう伝えたのでした。

娘の命は諦めました。

ですから、犯人は必ず捕まえてください。
こういう犯罪は、二度と起こさせてはいけないので、
こういう犯罪は成立しないということを世の中に示してくださいと警察に伝えたのでした。

たった5ヶ月でしたが、娘の真由子ちゃんとの時間は幸せでした。
娘の命を諦めることを覚悟したと言ったその自分の言葉に押し殺していたものが溢れ出しました。
この時、津川さんは初めて泣いたのでした。

苦渋の決断・・
実際に子供を誘拐された親というのは、このような感情になるんでしょうか。。。

世の中の小さい子供を持つ親御さんは他人事では聞けない内容だと思います。

 

20秒の差とは?

署話49年8月16日早朝

第一勧業銀行対策室。

「できた!間に合った!」

第一勧業銀行のシステムエンジニアたちは、犯人が現金を下した瞬間に、どこで引き出したかが分かるオンラインシステムを完成させたのでした。

そして早速、システムのテストが行われた。

これで失敗したら、シャレにならん・・・

 

オンラインシステムの手順は以下の通りでした、

1.犯人がキャッシュディスペンサーにカードを入れる
2.対策室のタイプライターに店舗番号が印字される
犯人が出て来た現金を取り出す(ここまで20秒)
3.対策室にいる警察が本部へ店舗の場所を電話で伝える
4.警察本部から現場の刑事に連絡する
5.現場の刑事が犯人の元へ向かう(ここまで40秒)

犯人が現金を引き出すのに要する時間は20秒、それに対し、現場の刑事に連絡が行くまでに必要な時間は40秒かかってしまいます。

この差の20秒で車に乗られてしまったら犯人を取り逃してしまうことになります。

どうすることも出来ず、8月16日の昼12時を迎えることになりました。

誘拐から34時間、いよいよ犯人が動き出しました。

システム部のタイプライターが動き出したのでした。

店舗番号は0026、東京駅の丸の内南口の出張所から犯人は現金を下そうとしていました。

・・・・

「犯人確保!逮捕されました!」

犯人は東京駅丸の内南口の出張所から出て来たところで、逮捕されたのでした。

なぜ20秒の差がありながら、逮捕することができたのでしょうか。

それには犯人の誤算があったのでした。

とりあえず、捕まってよかった・・
根気強い捜査の結果ですね。

 

真由子ちゃんは無事なのか?

当時のキャッシュディスペンサーは現在のように液晶画面ではない為、現金を引き出さないと残高が分からない仕組みになっていました。

そこで犯人はまず2000円を引きだしたのでした。

犯人は2000円引き出すことが出来たことで、身代金が振り込まれているのを確認し(ここまでに20秒)、2度目に限度額に近い29万円を引きだしたので、合計40秒を費やしていたのでした。

この間に、現場に駆け付けた刑事によって逮捕となったのでした。

犯人は後にこう証言していました。

「絶対につかまらないとおもったのに、40秒しかたたないうちに捕まるとは・・・」

情報戦ですね・・。

 

犯人は当時23歳の男性でしたが、逮捕から数時間たっても真由子ちゃんについては口を割りませんでした。

往生際が悪い・・・

 

しかし、男の指紋から前科があることが判明し、住所が割り出されたのでした。

警察は千葉県我孫子市の男の自宅に急行しました。

犯人の自宅アパートには、犯人の嫁と1ヶ月の子供がいました。
そして、友達の子供だから世話をしてくれと犯人に頼まれた真由子ちゃんがいました。

よかった・・・

 

誘拐から41時間後の8月16日午後7時15分、真由子ちゃんは無事に発見され保護されました。

犯人が犯行を企てたのは、嫁が出産後すぐのことで、後に犯人は生活費のために真由子ちゃんを誘拐したと自供したのでした。

情けない・・・

 

犯人は当初、佐川満男さん、伊東ゆかりさんの一人娘、宙美ちゃんを誘拐しようと思っていましたが、住所がわからなかったために、津川さんの娘、真由子ちゃんに変更したのでした。

犯人は、津川雅彦さんの家庭状況や、自宅の住所や間取りの知識を週刊誌などから、あらかじめ得ていたのでした。

その後の裁判で、犯人には懲役12年6か月の刑が確定しました。

ということは、もう出所している?

それ考えたら恐い・・・

 

誘拐事件を津川雅彦さんが振り返って語った言葉とは?

金の受け渡し、警察の動き、報道の姿勢、どれ1つでも間違ったら子供の命はなかったかもしませんでした。
この事件は日本のあり方さえも変えるものとなりました。

あれから42年、現在、76歳の津川雅彦が、世紀の大事件を振り返りこう語りました。

「起こったことはすべて正しい。どんな不幸なことが起こっても、その起こった時に、これは正しいことにするんだ。起こったから、その後、良くなったんだと。真由子の誘拐の時は、その後、結果が良くなって、真由子に対する親としての意識が相当深まりましたからね、それは人間として、大変プラスになったと思っているんですね。だから不幸なことが起こった時がチャンスなんだ、と思えるようになったね。」

映画化にもなりそうなお話ですね。

しかし、やっぱりこのような冷や冷やするようなことはやはり起こらないほうがいい。。。

 

犯人の名前や動機とは?

犯人は23歳。
犯人の妻は、自分の子と同じように、真由子さんの面倒も見ていたと言います。
犯人の名前がいまだ報道されていないのは、更生の道を考えてのことかとも思いましたが、前科があったというのには驚きです。
普通なら、実名が公表されても何の不思議もありません。

なぜ名前は明らかにされなかったのか。

これが気になるところですが・・・。真相は闇の中です。

 

現在は結婚しているの?

「真由子、朝丘雪路、津川雅彦」の画像検索結果

結婚はしてません!チャンス!?

ですが・・・異常なほどの「パパッ子」らしいです。
父の津川さんも真由子さんを溺愛していて、真由子さんの交際を断固拒否しているようです。

ちっちゃ!ww

 

お互い相思相愛というか、特に津川さんの娘に対する溺愛ぶりは普通ではありません。
それもこれも誘拐事件の影響があったのかもしれませんね。

父親が津川雅彦さんだなんて、真由子さんと交際する相手にもかなり勇気がいるかもしれませんね。

 

娘の真由子さんは1974年3月18日生まれ・本名:加藤真由子。

津川雅彦さんが社長をつとめるグランパパプロダクションに所属している女優さんです。

異常なほどの「パパっ子」で、現在でも一緒に入浴することは有名だそうです。(これは、チョット変!)

不思議・・・・マスコミではこんなのは話題にしないのかな???
ある意味、誘拐よりもパンチが効いてるニュースですが・・。

まぁ民放では無理ですがね。。
完全に週刊誌レベル。

 

ただ、強烈なファザコンが発動しているのは、
生まれた直後の衝撃的な事件が原因だったのではないかと思います。

ということは事件のことを覚えてるのかな?

 

当時の大卒初任給は平均78,700円で、
巷ではフィンガー5の「恋のダイヤル6700」が大流行していました。

津川雅彦さんは、前年の1973年に朝丘雪路さんと結婚をして、
東京・世田谷の高級住宅地の邸宅で、人がうらやむ裕福な生活を始めていました。

これは誰でも想像できる範囲内。
2人ともスターですからね。

確かに事件が起きるのもわかる経済的成功者。

むしろ、めいっぱい是自宅をしてもらわないと経済は回らないし、
誰も「のぼりつめてやろう!」という憧れもいだきません。

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