吉井和哉の元嫁はいわくつきで加古川出身?名前や顔の画像は?

2015年6月末、眞鍋かをりとのできちゃった再婚で話題を呼んだイエモン吉井和哉の元嫁は、イエモンの売れない時代を支えた良妻賢母で実は今でも交友を続けているという元妻の話題を調べてみました。

眞鍋かをりとの出来ちゃった結婚をした吉井和哉ですが、離婚した元嫁さんのいろんな噂が飛び始めたとの事で真相を覗いてみましょう。

 

吉井和哉の最近

眞鍋かをりとついに再婚をした吉井和哉ですが、フジテレビで放送されたアニメ「ドラゴンボール超(スーパー)」の主題歌を担当しました。

吉井和哉はこの曲について
「子供たちが学校の帰り道につい口ずさんでしまうメロディー。
そしてその歌を呟けば、思わず強くなれるような、力が湧いてくるような曲を作りたいと思いました」とコメントしています。

吉井和哉氏のソロ名義では、アニメのテーマソングを歌うのは初めての事だそうです。

若き頃のロックバンド時代から考えるとアニメソングを作られるイメージが出来無いのですこし不思議な感じを受けますが、年齢を考えての路線変更とでも考えはじめたのでしょうか。

 

イエローモンキー

イエモン(THE YELLOW MONKEY)は、2004年に一旦は解散したバンドですが、2015年6月末、眞鍋かをりとの再婚で話題を呼び始めた頃の2016年1月から再結成し、活動を再開、続行中のロックバンドです。

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90年代には、イエローモンキーとして一時代を築いた吉井和哉ですが、現在はアラフィフです。

ロックミュージシャンとしては、ベテランで続けられることが出来るかどうかの境に入っているのではないでしょうか。

 

婚姻生活

吉井和哉ですが、実はデビューとともに結婚し、離婚した元嫁との間に子供がいます。

10年ほどの結婚生活で授かったのは1男3女の4人の子宝

元嫁とは、吉井和哉のたび重なる浮気が理由で離婚に至ったようです。

それでも、4人の子供のパパでもある吉井和哉は、子供たちのことも思ってか、これまでは眞鍋かをりとは一線を引く感じで結婚まではしない形で付き合っていました。

眞鍋かをりは結婚願望が強く、それに辟易した吉井和哉が別れをきりだした事もある・・・という噂も出たほどです。

 

1回目の嫁は一般人

イエローモンキーのボーカルとして日本全国に名前が知れ渡っている吉井和哉は、これまでに2度結婚しています。

1回目の結婚は、1992年。

イエモンのデビューと時を同じくして、一般人女性と入籍をしました。

最初の結婚相手となった一般人女性とは、インディーズ時代からの付き合いでした。

デビュー後もブレイクするまでに時間がかかり苦労したイエモン。

当時の月収は10万円が良いところだったそうです。

元妻は、それでも売れない時代の吉井和哉を献身的に支え続けた「糟糠の妻」でした。

元妻との間には、3人の女の子と1人の男の子が誕生しています。

1人目の子供は、結婚から2年後の1994年。

当時3rdアルバムをリリースした頃ですが、イエモンのライブ動員数はそれなりでも曲が売れないという低迷期でした。

 

元嫁はどんな人?

吉井和哉さんの元妻(A子さん)は一般人であり、女性セブンによるとスレンダーで小麦色の肌が特徴的だそうです。

A子さんと吉井さんは、吉井さんが1992年にロックバンドTHE YELLOW MONKEYとしてメジャーデビューしたのとほぼ同時期に結婚しています。

元嫁は加古川出身と吉井和哉さんの自伝には書かれてあったそうです。

2chや5chなどの怪しいスレッドでの書き込みを覗き見すると「加古川」「いわくつきの加古川」「吉井、やっぱり加古川元奥やお子達への想いが・・・」

などが散見するだけなので、イタズラ的に飛び火しただけのキーワードに過ぎないと考えられます。

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一般の方なので、お名前も公表されていなくて、離婚されてしまっているので今となっては当然の事でしょうが、お顔などのわかるお写真・画像も公表されておりません。

元嫁のfbがあると言われていますが、本人のfbなのか定かではないです。

家族写真など公開するようなロックミュージシャンがいたらすごいことのように感じます。

ロッカーやバンドマンって秘密主義徹底してそうなイメージ在りますからね!

吉井さんと奥様は子宝に恵まれて、2007年には山梨県に大豪邸を建設しますが、吉井さんは妻と子ども4人を置いて、単身赴任の形で東京で仕事をしていました。

子煩悩な吉井さんの考えで、自然豊かな土地で伸び伸びとお子さんを育てたかったからではないかと推測します。

この豪邸は、広大な敷地で富士山をバックに眼下には河口湖。

地元ではかなり有名だったようです。

ところが、2012年2月に発売されたフライデーで、夫の吉井さんは眞鍋かをりさんとの熱愛をスクープされており、同時に奥様とはすでに離婚していたことも判明しました。

 

太っ腹な元嫁

2012年3月に発売された女性セブンでは、記者が元嫁のA子さんに直撃取材しており、彼女は以下のように語っています。

「(交際については吉井から)新聞に載る前日に聞きました。
“じゃあ、いつ出るの?”って聞いたら“明日スポーツ新聞とその次のフライデーだ”って。
周りからいわれる前に子供たちに話しておかないとって(笑)。
フライデーを見たら、ゴミ捨てしてるんでびっくりしちゃった(笑)。
あんまりそんなことする人じゃなかったから」

何ともおおらかな奥さんですよね!

豪快と言えるのか、懐が大きいというのか、心がおおらかな方ですね。

吉井さんもキチンと事前に報告するところが清いですね。

 

子煩悩な一面!

2007年に発売した自伝では吉井さんのパパ振り度がわかりますよ!

「ミルクをやったり、おしめを替えたりしていた」
「赤ちゃんが好き」
「全部っつったら変だけど、ミルクもあげて、おしめも取っ替えて…うん、かわいかった」
「子供は好きですね。特に赤ちゃんは好きですね」

などなど子供さんのことをたくさんと語っている事から、子煩悩であり、良き父親であった一面が伺えます。

吉井和哉のそれぞれの子供たちの名前についてはわかりませんでしたが、現在の状況については少なからず情報がでてきているそうです。

それは吉井さんがおじいさんになっているというもので、吉井和哉の子供の中には、すでに結婚して子供がいるのだとか。

その孫にあたる子供が現在の妻・眞鍋かをりとの間にできた子供と同い年だとも言われています。

 

離婚、慰謝料なしで!

2008年に元妻と離婚。

原因は吉井の度重なる浮気であることが、本人の口からも語られています。

2007年に吉井は山梨県に豪邸を建て、単身東京で仕事をしていました。

離れて暮らす遠距離生活はすでに離婚への伏線だったかもしれないですね。

ひとり育児に追われた元妻との間にも次第に距離がどんどんと開いてしまうことにもなった。

夫婦間の開きに輪をかけるように、吉井和哉が度々浮気をしていたと言われています。

結果、山梨県の豪邸は元妻に残し、慰謝料はなく、吉井側が養育費を支払うことで離婚は成立しています。

 

元妻との関係・・・実は良好?

吉井和哉は離婚後も元妻を尊敬しているそうです。

元妻との関係は離婚後も良好であるという噂はあちらこちらで言われています。

なんでも、離婚したあとでも元妻と子供たちがいる家に遊びにいくくらいなんだそうです。
そして、吉井和哉は現在でも元妻を尊敬していると語られており、夫婦でなくなったとしても何かしらの信頼関係があるのかもしれません。
元妻との離婚では慰謝料は無かったそうです。
元妻が吉井和哉の不倫を怒りに思っているとしたら、慰謝料をとるでしょうから、元妻との離婚は比較的円満なものだったのかもしれません。
子供たちは元妻が引き取って、養育費を吉井和哉がもつことになったそうです。

お互いに憎しみ合って別れたわけでもないようで、お互いにそれぞれの幸せを願い合っているようでもあるので、吉井和哉さんと元嫁A子さんは、性格は良いのでしょう。

まぁ、そこが救いですね。

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