赤松真人の嫁は社長令嬢?現在は胃がんでステージ3?スキルスなの?

今回はプロ野球選手・赤松真人さんについてみていきましょう。

赤松真人の嫁・寛子

広島東洋カープの赤松選手といえば、2010年8月4日の試合でホームランボールをスーパーキャッチしアウトにするといった離れ業が有名ですよね。

昔から走力と守備力には定評があり、代走の神様と称されカープファンからの信頼も厚い赤松さん。
そんな赤松選手が2007年に結婚した嫁・寛子さんが話題になっています。

 

社長令嬢なの?

赤松選手と嫁・寛子さんは立命館大時代に知り合い、2007年12月に結婚しました。

寛子さんは元ミス茨木にも選ばれていたようで、大変きれいな方です。
結婚前はレースクイーンもしていたんだとか。

また、大阪で歌唱指導者をしており、2006年には“揺葉-YURIHA-”の名義でデビューシングル「ゆずり葉」をリリースしていた元歌手なのですね。

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この曲はプロデューサーに松田純一を迎え、サンテレビで2006年に放映されたドラマ『恋するユーレイ』の主題歌にもなっています。

そして社長令嬢という噂もありますが、根拠となる情報はありませんでした。
インスタの画像も出回っていますが、画像を見ても綺麗な方なのでいろんなワードで検索されているようですね。

そんな寛子さんの父親が大の広島カープファンのようで、2015年に赤松選手がFA権を獲得したときも、カープに残留したのは寛子さんの父親の影響が大きかったんだとか。

そして2人の子供は画像を見てもわかるように、赤松選手に瓜二つですね!

本当に赤松選手をそのまま小さくしたようなお子さんで、将来はパパと同じ俊足強肩の良い選手になりそうですね!

 

倖田來未と同じ中学?

赤松選手と歌手・倖田來未さんは藤森中学校時代に同じ野球部に所属していました。

「倖田來未って野球していたの?!」と驚かく方が大半だと思います。

赤松選手がショート(2塁と3塁の間を守る人)で倖田來未さんがセカンド(2塁近くを守る人)
だったようです。

母校の安江毅監督は、

「倖田はセカンド、赤松はショートで固定していました。2人は非常に仲が良かった。どっちも目立ちたがり屋でね。いつも、一緒に練習していました。倖田は本当はピッチャーがやりたかったみたいだけど、女の子やしね。でも、実際に試合にも使っていました」

と語っています。

赤松選手の結婚式にはビデオレターで、

「どっちが先に有名になるか競い合っていたのが、思い出ですね。先に結婚という幸せをつかんだのは赤松ちゃん。これからもお互い頑張りましょう」

で祝福されました。

ちなみに立命館大学の産業社会学部産業社会学科では歌手・倉木麻衣とクラスメートになったんだとか。
何かと歌手に縁があるんですね!

 

現在は胃がんでステージ3?

2016年12月15日に受診した医療機関で胃がんであることが発覚し、記者会見を開いた赤松選手。

「本当にショック。誰もが自分はならないだろうと思っている。自分は運動もしているし、規則正しい生活も送っていたので、こういうものが見つかるとは夢にも思っていなかった」

と語っており、相当ショックだったようです。当たり前ですよね。

スポーツ選手なので赤松選手自身が言っているように人一倍自分の身体のケアや付き合い方を知っているはずです。まさか自分が病気になるなんて思わないですよね。

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手術については、

「難しいものではないみたい。次の日から歩くリハビリもすると言われている。ただ、良くても半分とる。普通で2/3。最悪は全摘出です

と語っていました。まだがんとしては初期段階で、生死の問題はないと医者からは言われているそうです。
胃がんのステージは1期~4期まであり、1A、1B、2A、2B、3A、3B、3C期に分かれます。

ステージ1~3期までは胃がんの浸潤の程度とリンパ節転移の程度で決まるようで、赤松選手は初期段階ということなので、ステージ1だと予想されていましたが、その後赤松選手自身がステージ3だったことを告白しています。

そして2017年の1月に胃を半分摘出する手術を受け、そこからは抗がん剤による治療が続きました。

その抗がん剤治療が非常に辛く、全身の倦怠感がすさまじいことで立てなかったり、3日間寝込むほどきつかったそうです。その治療をして自分は病気なんだと改めて気づいたとか。

そんなとき勇気づけられたのが同じ病気をされてる方や、赤松選手より大病を患ってる方からの手紙やブログへのメッセージだったようです。

赤松選手も、

「僕は胃がんを患っても、運動もできるし食事もできる状況なので、やらないと逆に失礼にあたると思いました。だから僕がしっかり運動をして回復し、そういう方々に勇気を与えるのが僕の使命

と言っていました。

体重もひどい時は手術前より10キロ近く減っていたようなんですが、現在は元に戻し3軍での練習に励んでいるところのようです。

そんな赤松真人選手の復帰時期ですが、当面は3軍で調整をしそこからは2軍へいくので、そこで結果を出し順調にいけば1軍復帰もあるのではないでしょうか?

今の赤松選手は、いままでより色々な方の思いを背負い、自分が野球をできる喜びを噛みしめていることと思います。

これからの赤松選手はこれまで以上のメンタルを身につけて復帰し、ホームベースまで駆け抜ける元気な赤松選手を見ることができるでしょう。

 

スキルスなの?

初期段階では無症状の胃がんとして恐れられているのがスキルス胃がんです。
スキルス胃がんは、胃がん全体の10%ほどを占め、胃の粘膜の下に広がっていくのが特徴です。

そのため胃カメラ検査でスキルス胃がんは発見しにくいとされ、見つかった時にはがんが進行して他の臓器に転移していることが多いです。

赤松選手のケースだと胃カメラ検査で見つかり、それが初期段階とされることからスキルス胃がんとは考えられません。

赤松選手は会見で「命にかかわることはない」「生存率からすれば生きられるとは思う」とコメントしています。
スキルス胃がんであれば手術ができる場合でも、5年生存率は約20%とかなり低いです。

しかし、摘出した胃の細胞や組織を顕微鏡で検査したところ、リンパ節に微細な転移が複数見つかったそうです。

担当医は「正直なところ、僕たちが予想していたよりも、(がんは)進行した状態でした。最終的にはステージ3a期ということになります」と説明。赤松は飲み薬と点滴を併用する半年間の抗がん剤治療を選択をした。

スキルス胃がんではなくて良かったですが、思ったよりがんは進行していたということですね。
無事に手術が成功してよかったです!

 

この辺で赤松真人さんの紹介は終わりです。

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