小椋佳の嫁・神田桂穂里はどんな人?息子や現在について

今回は作曲家・小椋佳さんの嫁についてみていきましょう。

小椋佳さんが結婚した嫁の神田桂穂里さんはどんな人か、息子や現在についても調べてみました!

 

小椋佳と嫁・神田桂穂里は1968年に結婚

作曲家や作詞家として多方面で活躍しているミュージシャンの小椋佳さん。

美空ひばりさんなど有名歌手に楽曲提供をしたり、日本レコード大賞を受賞したり素晴らしい才能を発揮しています。

実はデビュー前には日本勧業銀行に勤務し、東京大学大学院も修了している超エリート。

そんな小椋佳さんは嫁・神田桂穂里さんと1968年に結婚しています。

 

小椋佳の嫁・神田桂穂里はどんな人?

結婚した奥さんの神田桂穂里さん(旧姓:塚原)

2人の出会いはなんと小学生のころ。幼いころから知り合いだったのですね。

交際がスタートしたのは小椋佳さんが東京大学法学部に入学してからのことでした。

小椋佳さんの初恋の人が現在の奥さんで、ずっと桂穂里さんを想い続けて付き合うまでにかなり努力したみたいです。

もともと成績はそれほど良くなかった小椋佳さんですが、桂穂里さんは優等生で学校のマドンナ的存在でした。

そこで桂穂里さんに振り向いてもらうよう必死に勉強し、東大に入るまで成績アップしたそうです。

それほど桂穂里さんが魅力的な方だったのですね!

 

小椋佳と嫁・神田桂穂里の馴れ初め

桂穂里さんとの馴れ初めですが、実は一度学生時代に破局してしまいます。

その後福島で再会を果たし、再度交際がスタートしたみたいです。

小椋佳さんは1967年に東京大学を卒業し、日本勧業銀行(現みずほ銀行)に入行します。

翌年に結婚していますので、交際が再スタートした際は結婚前提だったのでしょう。

ちなみに小椋佳さんの本名は、「神田紘爾(かんだこうじ)」というそうです。

この芸名は、福島に住んでいた際下宿先の大家さんが「小椋」という苗字で、名前の「桂」は奥さんの桂穂里さんから取ったそうです。

 

小椋佳さんが作られた名曲『シクラメンのかほり』は嫁のこと?

小椋佳さんの作品の中でも名曲中の名曲である「シクラメンのかほり」は、嫁の桂穂里さんのことを歌っているといわれています。

1975年に発表された「シクラメンのかほり」は布施明さんが歌い、第17回日本レコード大賞を受賞しています。

この歌は小椋佳さんが桂穂里さんに捧げた愛の讃歌で、『シクラメンのかほり(=桂穂里)』ということです。

小椋佳さんはかつて桂穂里さんに別れを告げられた際にどうしてもあきらめきれず、彼女の好きだった薄紫の言葉を残したといわれてました。

「シクラメンのかほり」という奥さんの名前にちなんだ歌が名曲となり、自身の代表曲になるなんて素敵ですね!

小椋佳さんは桂穂里さんのことを一途に愛していることがとても伝わりました!

 

小椋佳と嫁・神田桂穂里の息子

小椋佳さんと奥さんの間には、息子さんが2人いらっしゃいます。

1969年に長男・知秀さんが誕生し、1973年に次男・宏司さんが誕生しています。

長男・神田知秀さんは小椋佳さんのマネジメント会社「㈱ゴッド・フィールド・エンタープライズ」の代表取締役をつとめています。

次男・神田宏司さんは国内でも数少ない琵琶製作者として活躍しています。


出典:https://search.yahoo.co.jp/image/

最近、若手の琵琶奏者が増えてきていますが、「琵琶の製作師」となると日本に2人しかいないそうです。

実は宏治さんは中学生の時に若年性脳梗塞で倒れてしまい、全身不随で学校も辞めてまともに青春時代を過ごせなかったのです。

一時は命も危ぶまれたのですが、小椋佳さんが耳元で『あなたが美しいのは』を口ずさむと奇跡的に宏治さんが一緒に歌い始めます。

言語能力も失っていたはずの宏治さんが歌をうたうことに奇跡を感じ、音楽の力の偉大さを感じたようです。

その後小椋佳さんが50歳の時に「一緒に琵琶を習わないか」と誘ったことがきっかけで、「山下晴風」師に入門します。

そして琵琶の製作に目覚めて9年間修行を積みます。

病気で体が不自由になり、生きる希望をなくした際に出会ったのが琵琶だったのですね。

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