佐野史郎の結婚した嫁はどんな人?娘の八雲は女優?

テレビドラマ「ずっとあなたが好きだった」でマザコン冬彦さんのイメージが強い佐野史郎さん。
実際はどうなのでしょう。
そんな佐野史郎さんの私生活、家族、娘について紹介します。

佐野史郎といえば、やっぱり冬彦さん

テレビドラマ「ずっとあなたが好きだった」の“冬彦さん”役で大ブレイクした佐野史郎。
「マザコン」を流行語にするなど、社会現象とまでなったドラマの裏に隠された“苦い”話に迫る!

佐野さんは「ずっとあなたが好きだった」(以下、「ずっと」)で演じた「冬彦さん」の強烈なキャラクターのイメージが強いですね。

いい作品が多くの人に知ってもらえたということで、俳優冥利に尽きます。

ただ演じている側としては、どんな作品でも「ちゃんと役柄を生きよう」と心がけているだけで、精一杯なんです。

それは、冬彦ちゃんも一緒で…。

――冬彦“ちゃん”ですか!?

まあ、 “他人”の感覚なんでしょうね、ちゃん付けで呼んだりもします(笑)。

――(笑)。その「ずっと」で、“苦い”経験はありましたか?

当時は冬彦の気持ち悪いイメージだけが一人歩きしていたので、子供から石を投げつけられたことがありますよ。

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それに電車の中で、優先席に座っていたご老人から“ものすごい目”で、にらみつけられたことも(笑)。

――ええっ!?

4話が放送された後くらいかな。

朝、「ずっと」の撮影のためにスタジオに向かっているときに乗った電車でした。

通勤時間だったので、けっこう混んでましたね。学生さんや、お勤めの方たちがいて。

その車両に僕が乗ったとたん「わーーっ!」って騒ぎになったんです。

だけど、誰も目は合わせない。

そのご老人だけが、優先席に座ったまま僕を、(こんなに大騒ぎになるなんて)「誰だ、お前は!?」とばかりににらみつけるんです(笑)。

――周りからは「佐野史郎イコール冬彦」として見られていたんですね。

「困ったな…そこにいるだけで、迷惑がかかる存在になってしまったぞ」と思い。

すぐに車を買って、現場マネージャーにも付いてもらって通うようにしました。

――大変ですね…。

そのときに、「冬彦のイメージが一人歩きしてるな」ということにも気付きました。

そして、このイメージが“マザコン”というキャラクターとして、ストーリーから離れて人物像の誤解を生み。

さらにドラマが話題になるにつれて、エスカレートしてしまったんですよ、

――というと?

冬彦は、どこにでもいる普通の人の面と、マニアックでおかしな面、両方を持っている人間のように思えます。

そういった人物像が「周りにもいるな~」と視聴者の共感を呼んだからこそ、ラブストーリーを軸としたドラマの内容自体も、たくさんの人に楽しんでもらえたんだと思います。

だけど…。

ドラマを一度も見ずに、何かの機会にインパクトの強いシーンだけを見かけたりする方も多かったようで。

その方たちには、冬彦のことを“変な人”“マザコン”としか見てもらえなかったんですよ。

これには寂しいような悔しいような、複雑な想いを抱きました。

 ――冬彦の出番が増えるにつれて視聴率も上昇、後半では30%台になり「冬彦さん」は大ブームに。

最盛期は、1カ月に200本の取材があるほどでしたね。

本番前にメイクをしながら取材を受けて、収録の合間も取材を受けて。まるで売れっ子アイドルのような状態。

その時間も含めて役柄を演じ続けていたんですね。

――それは大変ですね…。

でも、あのときはそんな状態を楽しめていたんですよ。

良い作品を作りたいという想いと、「1%でも高い視聴率を取りたい!」という想いが相乗効果を生んでいたのか、その状況は嬉しかったし。

だけど…実家にまで、僕に話を通さず取材が入ったこともあって。それはイヤでしたね。

オフクロや学校の先生に「佐野さんは、やっぱりマザコンだったんですか?」とか聞かれて。

友人たちにも取材が行きましたし。

――その取材で「そういえば、マザコンでしたね」と発言されたり?

まあ、そうですね。

だって、まったくマザコンじゃない人なんていないでしょ?

――確かに(笑)。ご家族ということでは、娘さんがいらっしゃいますが冬彦役について何か?

放映当時は生まれたばかりだったので、状況は分かっていませんでしたね。

だけど中学生になった頃、再放送か何かで目にしたらしく。

「おとーさん、キモい…」と言われました(笑)。

――えっ、そのときはどんな反応を?

「仕事だよ」って(笑)。

僕はそういった役が多いから、娘は慣れていますよ。

本気でイヤがるようなことは無いですね。

やっぱり世間からは佐野史郎イコールマザコンのイメージがついていたんですね。

娘さんからも「おとーさん、キモい…」は凹むかもしれません。

「ずっとあなたが好きだった」で母親役の野際陽子さんの訃報にブログで

 
「野際ママ…身体はなくなっても、作品の中ではまだ生きてるよ」。
「野際陽子さんの訃報が届く。野際さん…ていうか、野際ママ。

第二のお母さん。四半世紀前…いや、もうちょっと前にドラマで共演させていただいてから、何本もの思い出いっぱいの作品でご一緒させていただいた」と述懐。

「プライベートでも、かつてのドラマの共演者たちとたまには食事した。こないだ会ったばかりな気がするのに。

インテリジェンスあふれる会話から、下ネタまで、楽しかったなあ。辛いそぶりなんかカケラも見せず…。なんだか実感がない」と、つらい胸中を吐露した。

続けて「さっき坂井真紀ちゃんと電話で話しして、事実を受け止めた。

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野際ママ…身体はなくなっても、作品の中ではまだ生きてるよ」
と“母”野際にメッセージし「そういや、ドラマの中とはいえ、人生で最後にキスしたのが僕でゴメンなさい。
野際陽子さん、本当にありがとうございました。安らかにお眠りください」とブログを結んでいる。
ドラマではマザコンだった冬彦さん(佐野史郎さん)
本当のお母さんのようなブログでのメッセージに母子愛を感じます。)

「ずっとあなたが好きだった」には続編「誰にも言えない」が。

麻利夫(まりお)役で佐野史郎が出演。

「誰にも言えない」とは
『誰にも言えない』(だれにもいえない)は、
1993年7月9日より9月24日まで毎週金曜日22:00 – 22:54に、
TBS系列の「金曜ドラマ」枠で放送されていた日本のテレビドラマ。主演は賀来千香子。
前年の1992年に大ヒットしたドラマ『ずっとあなたが好きだった』の事実上の続編。
前作の脚本家・君塚良一とプロデューサー・貴島誠一郎が再びコンビを組んで送り出したサスペンス調の恋愛ドラマ。

妻(山咲千里)がいながらも、かつての恋人に異常な執着心を発揮する麻利夫(佐野史郎)のエキセントリックな言動がさらに強調され、事実上の主役となっている。

最終的には、物語は自分自身の理不尽な愛に葛藤する麻利夫の苦悩にまで迫っていくことになる。

高木麻利夫の言動は、現在のストーカーの概念に、ほぼあてはまります。当時はストーカーって言葉自体無かったからね。

そして劇中で語られる彼の育った環境も、そういったトラブルを引き起こす性格が形成されやすい状況である。

【ずっとあなたが好きだった】の正式な続編と解釈することには、登場人物の苗字、時代背景など随所に矛盾が存在するが、

前作を意識したシーンが多数登場し、最終的に設定上の意外なつながりが明かされることが物語の鍵となっている。

実家は病院?

佐野史郎さんは島根県松江市出身で、ご実家はどうやら、開業医だそうです。
佐野内科循環器医院という名前で、現在は弟が後を継いでいるそうですよ。
佐野史郎は、身長176センチ、体重は72キロと、60歳を迎えた男性としてはメタボもなく、素敵な体型です。
佐野史郎の父親が医者であることから、佐野史郎も跡を継ぐよう言われたかもしれません。
しかし、現在、父親の跡は弟さんが継いでいるようですし、
中途半端は許せない性格と佐野史郎本人がインタビューで語っていることから、
佐野史郎の性格は、自分の希望した方向へまっすぐ進み、一本気といえるかもしれません。
お医者さんの息子だから、健康管理にはしっかりしているのかもしれません。

佐野史郎の家族は?

佐野史郎の妻は、女優の石川真希です。状況劇場で一緒に活動していた佐野史郎の俳優仲間で、現在でも女優活動を続けています。
佐野史郎とは、夫婦でCM出演をしたこともあり、また2014年には映画などにも出演しています。
石川真希さんはフリーライター石川澪さんの娘で、意外な事に元フィギュアスケート選手

劇団では佐野史郎さんの先輩にあたる女優なんです。

2人は1986年に結婚しているのです。

 

残念ながら奥様の画像はありませんでした。

 

また、佐野史郎の娘は「八雲」さんというお名前。佐野史郎が作家小泉八雲のファンであることから、同じ名前をつけたようですね。

俳優夫婦のDNAを持っていそうですが、残念ながら、佐野史郎の娘は芸能活動をしていないようです。
実の娘さんが結婚されているかどうかはわかりませんが、佐野史郎さんは娘が嫁ぐシーンの楽曲で、
涙を流されているそうですが、多くの視聴者が感動したと評判です。
実の娘さんが嫁ぐときも涙するんでしょうね。
女性シンガーソングライター・南壽あさ子の「かたむすび」のミュージックビデオで“本気涙”を見せている。
「かたむすび」は娘が嫁ぐ日の父親の想いを歌った楽曲で、
父役でMVに出演した佐野はクライマックスのシーンでこらえきれず大粒の涙。
言わずと知れた演技派俳優が本気で泣く姿に「泣ける」とのコメントが多数寄せられている。

佐野史郎さんはカメラ好き

4、5歳だったかな。カメラ好きの父親の横でポジを切ってマウントするのを手伝ったり、押し入れで現像タンクを回したりしていた記憶があります。
父親はミノルタの6×6の二眼レフを使っていたんですが、はがきを切ってフィルターを作り、
シネマスコープサイズにするなど変わった撮り方をしていました。だから小さいころのぼくのアルバム写真は、シネスコサイズなんです(笑)。
また出雲大社で写真館をやっている母の実家へ遊びに行ったときは必ず、現像のために流れている水や長いペンで修整するのを見ていたりしましたね。
 冬彦さんのイメージの強い佐野史郎さんですが、
実際は奥様がいて、娘さんがいて、
冬彦さんほどマザコンではないようです。
実家がお医者さんとは意外でしたし、多方面で活躍されているので、
新しい佐野史郎さんがまだまだ見られそうですね。
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