青島幸男の嫁・美千代の画像。娘の美幸の現在は?息子はアナウンサーなの?

俳優としてあの名ドラマ・いじわるばーさんを演じてきたほか、
作家として直木賞を獲得したりと
非常にマルチな才能に溢れていた元東京都都知事の青島幸男さん。

残念ながら現在死去してしまいましたが
生前プライベートではどのように過ごしていたのでしょうか?

子供さんの存在等も大変気になるところですよね!

そこで今回こちらでは元東京都都知事の青島幸男さんについて
ピックアップしたいと思います。最後までどうぞお付き合いください。

青島幸男の嫁について

こちら青島幸男さんの奥さんこと美千代さんの画像です★

具体的な馴れ初めやプロフィール等はみつかりませんでしたが
青島さんが亡くなった当時2006年は69歳と記載があるので
今年で80歳を迎えるようです。

色白で若い時はとっても綺麗だったでしょうね^^

青島幸男の娘・美幸の現在について

青島 美幸(あおしま みゆき、女性、1959年2月7日 – )は、
日本の作家・タレント。父は青島幸男。

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東京都中央区出身。和洋女子大学卒業、早稲田大学大学院修士課程修了。
10代半ばから芸能界で活躍。

女優としてデビュー後活動範囲を広げ、
作家として『み~んなブスを好きになれ』などの小説・エッセイを発表する。

1995年実父が都知事就任直後の
第17回参議院議員通常選挙の比例区第二院クラブ新人として

出馬し落選(1位新人佐藤道夫は当選、2位現職コロムビア・トップ落選、
2001年まで繰り上げ当選の資格を有していた)

日本テレビ系「ウルトラクイズ」に構成作家として、
問題作成を担当していたこともある。調理師と美容師の国家資格をもつ。

今年で58歳の娘、美幸さん。

芸能界にデビュー後議員を目指した経験があったりと
お父様と同じ道を歩もうとしていたようですね^^

また、調理師や美容師の資格をもっていたりと娘さん自身も
様々な才能の持ち主です!


父の予定表は真っ黒でした。知事という仕事は、
本気でやれば割に合わないほどの激務。

報酬には責任が伴うから決まった額をいただくけど、
「それ以上」はもらっても、期待してもだめ。

父は、金に汚いと言われるほどの不名誉はない、と考える人だった。
金銭関係は徹底的に調査されたと思うけど、4年間何ひとつ問題は出なかった。

現在TV等であまりおみかけすることはありませんが
2016年朝日新聞デジタルの記事にてインタビューを受けていたようです。

内容が上記のもの★
亡くなった今も尚、心からお父様を尊敬されていることが伺えます^^

青島幸男の息子はアナウンサーなの?

青島 利幸(あおしま としゆき、1961年2月13日 – )は、
日本の放送作家、作詞家である。東京都出身。
父は青島幸男、姉は作家の青島美幸。

1984年、日本大学文学部卒業後レナウンに入社するが、10ヶ月で退職。
放送作家になることを目指して
テレビ番組のアシスタントディレクター(AD)を務めたが、
これがきっかけでバラエティ番組の構成作家として活動するようになった。

ネット上ではアナウンサーではないかと噂がありましたが
息子である利幸さんは構成作家として活動中です。

王様のブランチなど人気番組も数多く担当しているようですよ。

青島幸男について

青島幸男の死因は何だったの?

骨髄異形成症候群のため20日、
都内の病院で死去した放送作家で前東京都知事の青島幸男さん(享年74)。

死の前日、病院で「ママ、ビール飲もうよ」と
最期まで洒脱な言葉をもらしていたという。

妻の美千代さん(69)と長女でエッセイストの美幸さん(47)は
20日夕、東京都江東区の自宅マンション集会所で会見。

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美幸さんは「死ぬときまで青島幸男らしい死に方だった」
「生まれ変わってもまた同じ時間を過ごしたい」と涙目で語った。

亡くなる前日の19日夜には穏やかな表情で美千代さんを呼び、
「ママ、ママ、ビールでも飲もうか。でもここは病院だからな」と笑わせたという。

家族が「ビールは明日持ってくるから」となだめたが、これが最後の会話になった。

青島幸男さんの死因は骨髄異形成症候群という病気であることがわかりました。
最期まで青島さんらしい冗談を言ったりと
家族を笑顔にさせる本当に素晴らしい旦那・お父様だったんですね★

青島幸男と与謝野馨は似てる?

ネット上で青島さんと政治家の与謝野馨さんが似ていると
話題になっていたので画像を比較していきたいと思います!
まずは青島さんの画像から◎

与謝野さん。全体的に見ると似ていないかもしれませんが
目元や口元など部分だけみるととても似ていますね!

輪郭がもう少しシャープになると青島さんとそっくりかもしれません^^

青島幸男は都知事として有能or無能だった?

ネット上で青島さんについて調べていると
「無能」というキーワードが上がっていたので調べてみたところ
Yahoo知恵袋にこのような質問が載っていました。

青島幸男は、東京都知事としては有能だったのですか?
何か功績は残したのですか?

こちらがQの部分です!

何かをしようとはしていた。

しかし当選当初の様に都民の目が
そちらに向いている内はよかった(都市博中止)が、
都民が見なくなった途端都議会が青島の提案全てに反対し始めたからね。
何かしたくても何もできない。

仕方ないから他所でこそこそ環境保全の税の事
(後にディーゼル税として悪用された)とかやってたみたいだけど…

功績で語ると都市博中止以外
特にこれと言った物はありませんから有能とは言い難いですね。
都議会がまともに機能していたら話は違ったかもしれませんが。

確かに何か大きな実績がある印象はないかもしれませんね。

ただ、これ以上悪くならないよう現状維持ということも
誰でもは簡単にできないことですので
その点は感謝していきたいところですよね◎

豊洲問題は青島幸男都政時代から始まっていた!

もともと東京ガスのガス製造工場が30年間も存在していた場所。

最近は専用船で冷却したLNG(液化天然ガス)を
圧縮して持ってくるのが都市ガスですが、
以前は石炭から都市ガスを造っていたんですね。

それを30年やった土地に市場を移すという無謀な移転計画です。

2001年の売却時に東京ガスが東京都に出した資料があるんですが、
これが現在の環境基準値でいうと、

水俣病の悲劇を生んだ水銀が環境基準値を24倍も上回っていて、
同じくヒ素ミルク事件のヒ素も49倍。

それからシアンという青酸カリの一種ですが、これが490倍。
それとですね、発がん性物質のベンゼンが1500倍。

最近、東京都が再調査した数値でも環境基準値の1000倍。
だから、最初に購入を持ち掛けられた芝浦工業大学は、とんでもないと断って、
豊洲の別の場所に決めてしまった曰く付きの土地。

そこで焦った東京都は青島幸男都政時代に、
今の築地市場は、狭くて古くて汚いという理由で、豊洲移転計画を唐突に打ち出した。

当然、関係者は猛反対だよ。それに対して東京都は、
盛り土をしてコンクリートを張れば問題はありませんと言い張ってる。

だけど、水銀やベンゼンは気化しますから、
夏場にはコンクリートの隙間から、魚や青果を扱う市場に有害物質が蒸発してくる。
考えられないでしょ。

今豊洲市場についてかなり問題になっていますが
どうやら青島幸男都知事時代からはじまっていたようです。

莫大な税金がかかっているので早くこの問題を
解決してほしいものですよね><築地残留の可能性も高まっていますが・・!

どうか良い方向に向かうことを祈っています!

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